住吉物語

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ライセンスURI https://dc.lib.hiroshima-u.ac.jp/da/page/license1
所有機関等 広島大学
タイトル 住吉物語
タイトルヨミ スミヨシモノガタリ
著者 [作者未詳]
巻号
物理サイズ 1冊(全3冊); 挿絵: 上中下それぞれ五丁分
装丁 和装
写刊区分 写本
所在 広島大学図書館
コレクション 奈良絵本 室町時代物語
説明1 題簽は墨書。本文は十行古活字本系であるが、一部白峰寺本系と同文。また、非流布本系の本文箇所もある。
[あらすじ] 四位少将が姫君に求婚するが、継母が策を弄して妨害する。姫君は亡母の乳母が尼となって隠棲する住吉へ逃れ、姫君を忘れることのできない少将は初瀬に参詣して夢想を得、住吉で姫君と再会。二人は都へ戻って幸福な結婚生活を送る。
翻刻 [page 3]
すみ吉物語上
むかし、中納言にて左衛門督かけたる人侍けり。うへ、ニ人をかけてそかよひ給ける。一人は時めく諸大夫のむすめ、そのはらに女君ニ人いてき給へり。今ひとりはふるきみかとのむすめにておはしけるか、いかなるすくせにて、この中納言、よなよなかよひたまひけるほとに、やかて人めもつゝますなりて住わたり給ひけるか、ひかるほとの女きみいてきたまひけり。おもひのまゝなれは、おほしかしつき給ことかきりなけれは、姫君、日かすふるままにおひいてたまへり。とし月かさなりて、八はかり

[page 4]
になり給ひけるとし、はゝ宮、れいならすなやみ給ひけるか、日をへておもくのみなりまさり給けれは、中納言にきこえ給けるやうは、われはかなくなりなは、このおさなきものゝため、うしろめたうなん侍へき。われなからんあとなりとも、なみ〳〵ならんふるまひせさせたまふな。いかにも〳〵、みかとにたてまつらせ給へ。ことむすめたちにをとすなとなく〳〵聞えたまへは、

[page 5]
中なこんもうちなき給ひて、われもおなしおやなれは、おとりてやなとかたらひつゝ、あかしくらすほとに、世のあはれに、はかなく、つねなき所なれは、なさけなく、むかしかたりになりはてにけり。中納言、おなし道にとかなしみ給ひなから、のち〳〵のわさも、さるヘきやうにして、四十九日もほとなふはてぬれは、もとの北のかたへわたり給にけり。ひめきみ、おさなき御こゝちにことの葉につけて、こみやの御ことをおほしつゝかなしみたまひけるに、中なこんさへわたり給はねはいとゝつれ〳〵かきりなく、ふたはのこはき、露おもけなりけれは、めのと、とかくなくさめてそ過し侍ける。中納言、ともすれは、みきこえにわたりて、かへり給へは、なをしの袖をひかへて、ゆくゑもしらぬほとなれは、なみたをなかしつゝ、したひまほしきけしきを御らんするにつけても、はかなくなりにし人の俤ふとおもひ出るにもむねうちさはき、をそふる袖もあやしくて、いとゝこゝろくるしくこそ。はヘらんなとからはせたまひて、こしらへをき、われにもあらぬこゝちしてかへらせ給

[page 6]
にけり。帰りたまひてもひめ君のおほしなけきつるおもかけのみこゝろにかゝりて、ことむすめたち一所に住せまほしくおほしなから、今もむかしも、まことならぬをやこのなかなれはとてめのとのもとにすませ聞え給へり。日かすふるままに、ひかりさしそふこゝちして見え給ひけれは、めのと、あはれ、此御けしきを、こみや御覧せは、いかはかりおほしかしつき給はんなといひて、御くしをかきなて、なくよりほかの事なかりけり。十あまりにも成けれは、めのと、中納言に申けるは、おさなくおはしますほとこそ、とてもかくても侍れ。この一とせ、ニとせになりて、いかならせ給、ふるとし月、こゝろもとなくなんかなしく。こ宮のおほせ候し御みやつかへは、いかにときこえけれは、中納言、うれしくもこゝろにかけぬることよ。われも忘るゝときなけれとも、おもふにかなはぬことのみにてこそは過ゆき侍れ。さりなから、むかへて見聞えんとて、正月の十日とさためてかへり給ぬ。漸その日にも成ぬれは、むかへ奉りたまひたれは、今ニ人の御むすめ

[page 7]
たちと、うちかたらひておはしますをみて、いとうれしきことにそめやすくおほしける。中の君、三の君は、とり〳〵に、いとにほひやかに、なへてのにはあらぬ御けしきなれと、ひめ君は今一しほ匂ひくはゝりて、ひかるなとは、これを申にやとそ見え給ひける。このひめきみの御めのと子に、侍従と聞ゆる侍けり。としはひめ君に今ニはかりのまさりにて、すかたありさまあかつかはしく、物なといひ出したるさまも、いとあらまほしくそ見え侍りける。これそ姫君につきそひて、たかひに、かた時もたちはなれんも物うくおもひてそあかしくらし給ける。中納言、にしのたいしつらひて、すませ侍らんとて、そのいとなみにてそ侍ける。まゝ母、こゝろのうちには、いかゝおもひけん、人聞にはこゆるやう、まことに、はゝみやにをくれ給てのち、むかへ奉らまほしう侍つれとも、けふ〳〵とのみおもひてすくしつるに。わかき人々あまたおはする、たかひにつれ〳〵なくさめて、いとうれしきことにこそ。いかにおさなき心ちに、そのむかしこひし

[page 8]
くおほし出らん。あなあはれやときこゆれは、めのと、ことにとし比、あやしき所にうつもれておはせしに、はていかゝなと、かきくもりかなしく侍しに、これを見奉れは、よろつはれぬるこゝちして、よみちやすくこそなといひつゝけて、うちなき侍けり。むかひはらなれは、中の君にはひやうゑのすけなる人、あはせてけり。にしのたいにすみ給へは、中のきみ、三の君、むつれあそひ、たかひにむつましく思ひて、あかしくらし給ひけり。こ宮のおほせられし御みやつかへのこと、いかにと、めのと、わするゝときなく、おとろかし侍けれは、中納こん、われもおこたる時なけれとも、きたのかたにきこえあはせんに、わか子ならねは、こゝろにいそかんこともかたけれは、いひも出すとて、おもひわつらひ給けり。月日かさなりゆく程に、右大臣なる人の御子に四位の少将とて、世にすくれたる人侍ける。いかにも、おもふさまなる人もかなと、あさゆふは、御心もそらにあくかれて、物かなしきに、右大臣のはした物に、そらさへといふ物の、おとこにてあ

[page 9]
りける、下つかへになりて、ちくせんと聞ゆるなん、中納言の宮の世まては、とのもの大夫いふものゝ、おとこにて侍けれは、あさゆふに、このひめきみをは見聞えけり。ちくせん、右大臣の家のきたのかたにて、人のよしわろきこと、かたるつゐてに、中納言の宮はらの姫きみこそおさなおひたちめてたく、ふたはのこはきをみるこゝちせしか。いかにおひ出給たるらん。こはゝ宮のうせ給てのちは、四五年は見侍らすといふを、少将、たち聞給て、いとうれしきことを聞つる物かなとおほして、わかさうしにちくせんをよひて、みるらんやうに、さもとある人あまたあれとも、物うくのみしてすくす。中納言の宮はらの姫君は、みしかとたつね給ひけれは、ちくせん、おとこにて侍しもの、こはゝ宮に侍しかは、よくみ奉りて侍し。世にうつくしく、中納言とのは、宮つかへをとの給へは、うちかなはて、おほしなけくとそうけたまはるといへは、そのうへのこと、いひよりて、ふみなとつたへてんやと、の給へは、かなはんことはしらす、御ふみをもて、参りてこそは見侍らめと聞ゆれは、

[page 10]
よろこひて、十月はかりに、もみちかさねのうすやうに、
  はつしくれけふふりそむるもみちはの
   いろのふかさをおもひしれとそ
かきて、ひきむすひてやりたまへは、

[page 11]
その日のくれかゝるほとに、ちくせんは中納言のもとにまかりつれは、人々めつらしみあへるなかに、侍従、あな、ゆゝし。いかにおもひ出て参り給ひ侍るにか。そのむかしのこゝちして、いとむつましく、哀にこそなといへは、ちくせん、いとはかなきことのみしけくさふらひて、こゝろならす今まて参らさりし、わか身なからつらく侍るを、さてのみやはあるヘきとて、申ひらかんとて参り侍なり。いつといひなから、としよりては、過こしかた、御こひしさの、かたくなはしさに、人々をも見奉らんとてなといひて、ひめ君も、ありしむかしのことのはさえ、あはれにとそききゐ給へる。さてもこゝろさまに、ちくせん、侍従をよひいたして、右の大いとのゝ御子に、少将と申人の文なり。かやうのことは、くち入しにくく侍りなから、やんことなき人の、いたくおほせらるゝことの、いなみかたさにといへは、いさや。おほえすなから、の給ひあはする事なれはとて、ひめ君に、しか〳〵のふみとて、引ひろけて、御かたはらにをきたれは、御かほうちあかめて、とかく

[page 12]
の御ことも聞えねは、ことわりとおもひて、かくなといへは、ちくせん、そのつとめて、少将とのに参りて、ありのまゝに聞ゆれは、さても〳〵、いかかおひ出させ給たるととへは、まことにこの世ならす、かたはらひかる程になん、ことのね、かきならしておはしまししに、ちくせん、まいりて、そのむかしの事とも、人々にかたらひ侍しか、ははゝ宮の御事とも、おり〳〵なけきたまひし御すかた、いへはをろかにこそ。をみなへしの露おもけにて、まかきのほとにたをれ出たる心ちして、そのことゝなく、あはれに、いとをしく、よそのたもとまても所せきほとになといへは、いよ〳〵こゝろそらになりて、はしめは、さのみこそは。又々もきこえさせよ。このことかなへたらは、此世ならすおもひはヘりなんと、の給へは、すき〳〵しきやうに侍れとも、君のかくいかておろかにまておほしたらん人ほとのことをははと聞ゆれは、いとうれしくて、また文かきて給けれは、とりて侍従にとらすれは、ならはせたまはねは、いみしくわひしけにおほしたることの、いとをしさになといへは、ちくせん、をのれも、いやし

[page 13]
きことならは、なにしに申さんするに。おほえすくなき御みやつかへよりは、この公たちにおはしまさは、中々めやすきことにてこそ。うけたまはるやうにては、その御みやつかへの御事も、かたくこそ。この少将とのは、今の后の御せうとなれは、たゝ今世に出給はんする人なり。御かたちはしめて、なにはのことにつけても、ひとしき人やはおはする。御ためうしろめたきことは、いかてかといへは、いさや、中納言とのも、うち参りの事より外にのたまはす。なみ〳〵ならんさまに、おほしよらむことは、よともいへは、ひめ君、うれしと聞ゐ給へり。ちくせん、一くたりの御かへしにてもたまはらんとてせめけれは、かやうの事も、ならはねはとて、おもひはなちたるさまをみてかへりつゝ、こま〳〵とかたり聞ゆれは、少将、さこそあらめ。たゝ猶々も聞えさせよ。いかなるヘきにか、此こと、いまたなくは、世にあるヘきこゝろもせねはとて、うちなかめかちにておはするをみるにも。そのゝち、ひことにゆきて、ほのめかせとも、行水にかすかくのこゝちして、いひわつらひ、ありくほとに、まゝはゝ、比こと

[page 14]
ほのきゝて、ちくせんをよひてこの程、たいのきみにふみつかはすなるは、いかなる人やらんととへは、しはしは、とかくあらかひ侍りけれとも、あなかちにとはれけれは、ありのまゝに、しか〳〵ときこゆれは、まゝはゝ、これをきゝての給ふやう、さやうのきんたちは、人にいたはられんとこそおほすへけれ。はゝもなき人よりは、三の君のねかひまさり給ひたるに、さるヘきさまとおもふに。みゝよりにこそ。たはかりたまへかし。さらは、そこをこそこの世ならすおもひ侍らめと、こゝろふかくいひけれは、さすかにいなみかたさに、まことに、たひ〳〵聞侍れとも、御返りも給はねは、少将殿、ちくせんをのみせめさせ給ふも、わりなく侍り。さりとても、のちまて申えんことも、かたけにみゆるも心くるし。さらは、さもこそはといへは、よろこひてしろきこうちき一かさね、これは三の君のとて出し給ひけれは

[page 15]
よろこひて、さらは、少将とのには、もとの御こゝろさしの人なりとしらせ参らんとて申けれは、よくの給ひたり。そのよしにてこそはとて、よろこひたまひけり。そのゝち、ちくせん、少将とのにまいりて、申えんことはありかたく侍れと、今一と御文をたまひて、聞えてみんといへはいとうれしくて、かくそありける。
  よとゝもにけふりたえせぬふしのねの
   したのおもひやわか身なるらむ
とかきて、ちくせんとりて、少将との御ふみとて、まゝ

[page 16]
はゝにたてまつれは、ゑみふくみて、うつくしくもかきたまへる物かな。この御かへしと聞ゆれは、三の君、たはかられることをはしらす、はちしらひたるすかた、いとめやすく、いとおしきさまなり。すゝり、かみとりいたして、それ〳〵とせめられて、かほうちあかめて、
  ふしのねのけふりときけはたのまれす
   うはのそらにやたちのほるらむ
とかきて、引むすひたるを、ちくせんとりて、少将とのゝもとにゆきて、御返とて聞ゆれは、少将、たはかられぬるもしらす、いそきあけて見給へは、手なんとおさなひれてみえけれとも、よろこひたまふこと、かきりなし。又々もかよはしけり。たいの人々、このよしほの聞て、いとおかしくおもひあひ給へり。かくしつゝ、日かすもへすして、かよひ給ける。少将、なにこゝろもなくてそすくし給ける。おさなきさまも、ことはりとおもひつゝ、ひるもとゝまりてみ給へは、きゝしほとにはあらねとも、なへての人には侍らさりけれは、ひたすらかよひ給けり。中納言も、たはかられるもしらす、少

[page 17]
将にあひて、よろつきこえあはせてそ侍りける。まゝはゝ、かしつきたまふこと、かきりなし。しんてんのひんかしおもてにすませけれは、少将、すきさまににしのたいをみれは、よしあるさまなれは、いかなる人のすむにやと、ゆかしくおほしてあかしくらすほとに、少将、秋の夜の、つれ〳〵なかきねさめに、かなしく物あはれなるさよ中に、ねやちかきおきのはに、そよめきわたるかせのおとも夜ことにかよふこゝちして、いとはた寒きまくらのしたによもすからおとなふきり〳〵すのこゑも、そのことゝなきに、なみたをさへかたき、つまとなるおりふしも、やさしきしやうのことのね、そらにきこえけれは、あな、ゆゝし、こはいかにとおもひて、まくらをそはたてゝ聞給けれは、にしのたいにきゝなし給ひけり。日比、よしありてみるに、いよ〳〵、いかなる人にかと、こゝろをしつめておもひたまふ中に、わかかたらひそめし人こそことを引と聞しかとおもひて、これを聞給ふにやととへは、はしめよりあはれにきゝつると、の給へは、こゝろありとおもひて、これは、いかなる人のことのねととひ給へ

[page 18]
は、わかあねにて侍る人のひき給ふなりと、の給ひけれは、兵衛のすけとのゝかととひ給へは、さにはあらす、みやはらにておはするなり。つねにこゝろをすまして、ことをひきたまふなと、なに心もなくかたるも、いとおしなから、こゝろのうちには、あさましく、たはかられにけるものかなとおもひつゝ、たいのかたに、いかはかり、おこかましくおもふらん。ちくせんかくちをしさよとおもひて、明もはてねと出て、ちくせんをよひよせてうらみ給ひけるに、いひやるかたなく、かたはらいたくおもひてそありける。いまは、いふにかひなし。なを、しらぬかほにて過さん。あのあたりはたも、あなかしこ〳〵、聞えさすなと、の給ひけれは、ちくせん、かほうちあかめて、なにしにかとてそ、たちにける。少将は、三のきみをも哀とをもひなから、おもひそめてしことのすゑなからんのみにあらす、さしもきこえさりし人たにも、かほとこそ侍れ。まして、いかならんと、ゆかしくそおもひ侍ける。いかてか見たてまつらんなとおもひわたるほとに、冬にもなりにけり。侍従に、いかてか物いはんとおもひて、おもふほとの事

[page 19]
とも、かき給ひて、なをしのこしに、さしはさみて、雪のいみしうふりたる日、たゝすみありきて、しとみのもとにたちよりてきけは、はしちかく、いさりいて給ひ、おかしき四方の梢かな。いつれを梅と分かたくこそといひて、うちはらふ中に、今すこし、しのひたるこゑにて、ことかきならして、かひのしらねをおもひこそやれといひてけり。これなん、姫君そと、むねうちさはきて、しのひかねつつ、しとみをうちたゝけは、あやし、たれならんと見れは、少将たちたまへり。侍従、あさましくおもひて、かへりなんとする、ものすそをひかへて、むすひたるふみをやりたまひて、よろつ、人のつゝましきにとて、かへり給にけり。あやしく、いかなる文かと、みれは、
  しら雪のよにふるかひはなけれとも
   おもひきこえなんことそかなしき
とてさま〳〵のことかきたまへり。ひめ君に、これをきこゆれは、さすかに、あはれにおもひなから、よそなりしそのかみたにもおもひよらさりし。

[page20]
いまは、いよ〳〵ひときゝみくるし。ゆめ〳〵とそきこえける。

[page 21]
かくしつゝ、あらたまのとしもかへりにけり。正月十日あまりのころ、中のきみ、いまやさかのゝ春のけしき、おかしかるらん。しのひつゝみんなと、いさなひけれは、をの〳〵、まことにといひて、出たち給ひけり。さふらひも、うちゆりたりけるをそ御ともにまいりける。あしろ車三りやう、一りやうにはひめ君、今一両には中のきみ、三の君、一りやうには、きぬのつまきよけにいたして、わかき女、下つかへなとのりたりけり。少将、ほのきゝて、さか野へさきにゆきて、松はらにかくれゐて見れは、此車ともちかくやりよせて、立ならへたり。さうしき、うしかひなとをはとをくのけて、さふらひニ三人はかりちかくよせて、女房、はした物なと、くるまよりおりて、松ひきあそひけり。姫きみたち、くるまのすたれあけたれは、たしかならねと、ほのかにみゆ。少将、よくかくれて見るをもしらす、女はうとも、いとおかしき物のけしき、御覧せよかし、見くるしくも侍らすなと、さま〳〵の草とももえ出たり。なつかしくなときこゆれは、中の君、おり給へり。紅梅のうへに

[page 22]
こきあやのうちき、き給へり。さしあゆみたまへるさま、いとあてやかに、かみはうちきのすそにひとしかりけり。つきに三のきみ、おりたまへり。花山吹のうへに、もよきのうちきなり。いかめしきさまは、今すこしまさりてそみえたまへし。姫君は、とみにもおり給はぬを、いかにとせめけれは、侍従さしよりて、いかに、人をはおろし参らせてと申けれは、おりたまへり。桜かさねの御そに紅のひとへはかまふみしたき、さしあゆみ給へるすかた、いとらうたく、うつくしなといふもおろかなり。かみはうちきのすそにゆたかにあまり、たけのほと、まみ、ロつき、いとあてやかに、こと人々よりも今ひとしほ、にほひくははりてそ見え給へる。これを人にみせはやとおとろかれ給ふ。をの〳〵、人ありともしらてあそひあへるを、よく〳〵見たまひて、少将あくかれて、大なる松の下にゐ給へるを、この姫君しも見つけたまひて、かほうちあかめて、いそき車にのりたまへるにつけて、こゝろあるさまなり。をの〳〵さはきてかくれあ

[page 23]
へるさまも、あらまほしきほとなり。少将、のたまふやう、さかのゝゆかしさに、あそひつるほとに、くるまのをとのし侍つれは、あやしや、たれにかとて、たちしのひたるほとに、かくれたるしんあれは、あらはれてのりしやうとかや。まいりあいたるうれしさよとて、
  春かすみたちへたつれと野辺に出て
   まつのみとりをけふみつるかな
とて、うちすんし給へは、中のきみはひめ君に、それときこゆれは、そなたこそと、のたまへは、たかひにいひかはしたまひて、中の君、
  かたをかのまつともしらて春の野に
   たちいてつらんことそくやしき
といひまきらはしたまへは、姫きみ、
  手もふれてけふはよそにてかへりなん
   人みのおかのまつのつらさよ
と、いひたまひけれは、少将、いよ〳〵しのひかたさに、くるまのきはにたちよりたまひて、あくかれさせたまふらん、かひもはヘらしときこゆれは、中のきみ、くるまよりは少将とのゝ一

[page 24]
所こそ、おりさせたまひつれ。よの人は、いつかは。しかたりかほにも、の給ものなかといへは、少将、うちわらひて、ゆゝしき御ものあらそひかな。いかなるよめにもこそはしるく侍るなれ。御くちきよさよ。いかにひやうゑのすけとのに、物あらかひのあるらん。うしろめたさこそなと、たはふれたまひけるも、たゝひめきみにこそと、けしきはみえたまひにけり。さても日くれぬれは、をの〳〵かへりたまひて、少将人のおもかけ身にそひたるこゝちして、おもひはなれかたく、こゝちのうちもくるしきまゝには、侍従にあひて、あさましきひとにはかされて、かゝるものおもふことのわりなさよ。いかにおかしとおほしけん、きえもうせまほしけれとも、さすかに、すてやらぬものは人の身になとゝて、うちなみたくみたまひて、いまは、いかゝ、たゝ一こときこえさすへきことの侍り。これ御覧せさせよなと、たひたひ、のたまひけれは、しゝう、むかしたにも、きこえわつらひしことなり。今は、いよ〳〵かたきおほせにこそといへは、わか君、一たひの返事

[page 25]
をたまはらはこの世のおもひてにこそとおもふなりときこゆれはそれもいかゝとおもへとも、いなみかたくてたひ〳〵ほのめかしけれとも、かなはさりけり。さるまゝに、少将おもひかねて神ほとけにいのり給ひける。三の君のもとへも、ゆかまほしけれとも、おもひあまりては、侍従にあひてこそこゝろをなくさむれ、にしのたいのけしきを、たゝみすなりなんことのこゝろうくて、つねはかよひけれは、よひあかつきにたいをすき給ふとては、ふるきうたの、いとあはれなるを、おかしきと思ふて、うたひつゝ、袖のしほるはかりにてすきありきたまひける。かくしつゝ、あかしくらすほとに、ひめ君のめのと、れいならすこゝちおほえけれは、姫きみの、ゆかしうおはしますに、たちよらせたまふへきよし、侍従かもとへいひやりけれは、しのひつゝおはしたりけれは、めのと、をき出、なく〳〵きこゆるやう、さためなき世と申なから、おもひぬるものはたのみすくなくなん。つねよりもこのたひは、きみも御ゆかしくて。かゝるこゝろのつきぬれは、見奉

[page 26]
らんことも、このたひはかりにやなとおほゆるに、あはれは、宮のおはしまささりしをこそ、かなしとおもひつるに、このおひうはさへなくなりなんあとの、ゆゝしさよ。ともかくもさたまりたまはんを見たてまつりてのちこそとおもひしに、これを見をきたてまつらて、しての山をまよはんことのかなしさよ。はかなくなりなんのちは、しゝうをこそは、ゆかりとて御覧せさせ侍らん。いろ〳〵いさめなといひて、御くしをかきなてゝ、さめ〳〵となきけれは、ひめ君も侍従も、袖をかほにをしあてゝ、われもともにくしたまへと、こゑもしのはすなき給ひけれは、よそのたもとまても所せくきこえける。さて、侍従をはをきてかへらせ給ふへきよし聞ゆれは、かへし給にけり。

[page 27]
さて、めのとは斯若くになやみまさりて五月のつこもりころに、はかなくなりにけり。ひめきみしゝうかおもひ、さこそあるらめと、めのとのなけきのうへに侍従かこゝろくるしきおもひやりたまふ。侍従は、はゝのかなしみのうちに、ひめきみの御つれ〳〵をなけきつゝ、さて、のち〳〵のわさも、こま〳〵といとなみけり。はての日、ひめきみのつねにめしたまひけるうちき一つかさね、しゝうもとへつかはすとて、
  からころもしての山ちをたつねつゝ

[page 28]
  わかはくゝみし袖をとひなん
と、つまにかきつけてやりたまひけれは、侍従、これをみて、かほにおしあてゝ、人めもつゝまさりけり。とかくいとなみはヘるほとに、七月七日あまりにひめきみのもとへまいりけるに、はつ秋の、月いとあはれなる夜、はしちかくいてて、世の中の、はかなくあはれなることをきこえあはせて、なきゐたるを、少将たちきゝて、あはれさかきりなかりけれは、とふらひはヘらんとて、しとみをたゝけは、侍従は、少将なりとて、いてあひてきこゆるやう、ものおもふは、かなしきことゝは、このほとこそおもひしられ侍れといへは、さこそははヘりけめ、あなあはれなと、いひかよはすほとに、さよもなかはにすきて、かねのをときこえけれは、侍従、なにこゝろもなく、ものかたりの中に、あかつきのかねのをとこそきこゆなれといへは、これをいりあひとおもはましかはと、うちなかめ給けり。ひめきみも、あはれとそきゝとかめたまひける。さて、夜もあけにけり。かくしつゝすきゆくほとに、せうしやう、いよ

[page 29]
いよふかくおもひになりて、たゝ一もしの御返事のあそはさんことの、やすきほとのことを。人のねかひかなへたまへかしなといひて、
  あきの夜の草はよりなをあさましく
   つゆけかりけるわかたもとかな
なと、あさからぬやうにきこえけれは、あまりに、人のつれなきも、あはれもしらぬにはへりとて、うたのかへし、すゝめけれは、あはれとおもへとも、ひとめのつゝましさにこそとて、
  あさゆふにかせをとつるゝ草葉より
   露のこほるゝほとをみせはや
とかきて、うちをき給ふを、侍従、とりて、
  ゆかりまて袖こそぬるれむさしのゝ
   つゆけき中にいりそめしより
とかきそへてやりけれは、少将、うちみて、うれしさにもむねさはきて、一ことはの御かへりことに、世の中のそむきかたく。ししうの心のありかたさよとて、
  むさし野のゆかりの原のつゆはかり

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   わかむらさきのこゝろありせは
なと、いひかへしける。かくしつゝおほくの月日かさなるまゝに、いよ〳〵おもひまさりて、世中をもすさみ、みやつかへをもわすれて、こゝろのまゝなる事ならは、きえもうせまほしきほとなりけれは、三のきみ、なにこゝろなく、たまさかにみちくるしほのほともなくたちかへりなんことをしそおもふと、したにほのめかし給ふもすてかたくて、
資料番号 [配置場所]貴重資料室/[登録番号1]大国790/[登録番号2]文理4551