doi : 10.15027/da78
横笛草紙
| License |
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| License URI | https://dc.lib.hiroshima-u.ac.jp/da/page/license1 |
| Holder | 広島大学 |
| Title | 横笛草紙 |
| Title pron. | ヨコブエソウシ |
| Author | [作者未詳] |
| Physical size | 1巻 |
| Binding | 巻物 |
| Printing | 写本 |
| Location | 広島大学図書館 |
| Collection | 奈良絵本 室町時代物語 |
| Description1 | [あらすじ] 建礼門院の女房横笛と斉藤瀧口時頼は恋仲になるが、瀧口は別れを教訓されて隠遁する。夢に告げられて居場所を訪ねた横笛に瀧口は会おうとせず、二人は門の内外で歌を贈答する。その後横笛は大井川で入水し、それを知った瀧口は横笛の菩提を弔うべく高野山に上り、一層の修行に励んだ。 |
| Description2 | [解題]武士を中心に描いた作品である、いわゆる武家物の一種として分類される場合(『中世王朝物語・御伽草子事典』)と、恋愛物・出家遁世譚として分類される場合(『お伽草子事典』)とがある。もとは『平家物語』の挿話の一つであるが、そこから横笛に焦点を当て、独自の物語を形成している。なお、依拠した『平家物語』本文は特定されていない。諸本は古写本の系統2種と、刊本の系統とに分かれる。ここに紹介する広大本は古写本の系統のうち、慶應義塾大学本と同系統に属する。広大本は、巻子一軸。もとは冊子本であったものを巻子本に改装したものである。ただし改装に際し、二紙欠落、また第五紙と第六紙とが貼り違えられている。欠落箇所は、系譜的内容と横笛の出自を語る冒頭部分の一紙、第四紙のあとで乳母から瀧口の想いを知らされた横笛が返歌をしたためるくだりの一紙と推定されている。 参考文献 【テキスト】1日本古典文学大系『御伽草子』/2伝承文学資料集2『室町期物語』1/3日本古典文学全集『御伽草子集』/4講談社学術文庫『おとぎ草子』/5『室町時代物語大成』13 ほか多数。 【研究文献】1松本隆信「御伽草子の本文について―小敦盛と横笛草子―」(『斯道文庫論集』2、昭和38年3月)/2岩瀬博「瀧口横笛説話考―平家物語と御伽草子をめぐって―」(『大谷女子大学紀要』9、昭和50年9月)/3神野藤昭夫「横笛草紙の成立まで―室町時代物語論のために―」(『日本文学』284、昭和52年2月)/4菅原範夫・西本寮子・五條小枝子「広島大学蔵『横笛草紙』解題と本文」(『広島女子大学国際文化学部紀要』新輯2、平成8年11月) ほか多数。 |
| Reprinting | [page 1] 「横笛草紙_] ちやくし大しやう大しん平のきよもりにうたう、しやうかひとて、うへこす人そなかりける。津の国ひやうこに、みやこをたて、しほのひるまのつれ〳〵を、にしをはるかに見たまひて、しやうらうひやうしの世のならひ、人けんのあたなる事を、つく〳〵とくわんしたまひて、へいしやうこくは、かたみとて、つきしまをつかれけるとかや。むかしよりいまにいたるまて、こえたえせさりけり。そのころ、こまつとのゝ御うちに、三てうのさいとうさゑもんもちよりか子に、さいとうたきくちときよりとて、まことにはなやかなるおのこあり。あるとき、こまつ殿の御つかいに、にようゐんの御しよへまいりつゝ、からかきのうちへ入めんらうにやすらひて、物申さんとてうかゝひけるところに、おりふしよこふゑ、さくらかさねのうすきぬに、くれなひのちしほにそめたるはかまのそはをとり、みすおしのけていてたる。そのかたち、せいけんとして、やうきひ、りふしんも、これにはいかてまさるヘき、とそおほへける。さて、たきくち文とりいたし、よこふへにたてまつり、御返事とく申てたまへ、とて [page 2] やかてけしやうことはをそかけにける。あきのたのかりそめふしのよなりともきみかまくらをみるよしもかな。よこふゑは、かほうちあかめ、文うけとりてそまいらせける。御返事をは、こと人してそいたしける。たきくちは、御しよよりかへりて、こゝろかそらにあくかれて、ねもせすおきもせす、いつれをゆめともうつゝともおもひわきたるかたもなく、いかにととへともこたへすして、たゝうちふしてみゆれは、そのときめのと、まくらにそひて、御いれひのやうを、ねんころに御かたりさふらへ、つや〳〵たゝならぬ御やみと見まいらせさふらふ。御こゝろをのこさす御物かたりをさふらへ、と申けれは、たきくちはつかしけにて、うちとけかたるやう、いつそや、にようゐんの御しよへ御つかひにまいりて、よこふへとやらんを、たゝ一めみしよりも、ぬれはゆめ、さむれはうつゝ、おもかけのまくらをはなれぬおもひは、つゝむとすれとも、うつみひのけふりはむねにせきかねて、いとゝおもひはますかゝみ、うちおくひまもなきそ、とねんころにかたりけれは、その御ことならは、まことにやすき御事にて候。文あそはしさふらへ。にようゐんのこしよへ、つね〳〵みつからこそまいりさふらへ。御きけんよく候はんとき、申入候はん、とかたりけれは、たきくちあまりのうれしさに、いそきおきなをり、くれなひのたんしに、さくらたゝみつけひきかさねて、すみすりなかし、筆にそめて、心のうちをかきちらし、うちむすひて出しけり。めのと文たまはりて、にようゐんの御所へそまいりける。たきくちか心のうち、たとへんかたそなかりける。 [page 3] さてめのと、よこふへにあひて、しはしなにとなきやうにて物かたりして、そのゝちかの文とりいたして、いつみ殿のおほいしのかけにて、この文ひろいて候。きみはわかくましませとも、けんし、さころも、いせ物かたりあそはし候へは、ことはのしなをしらせたまふへし。あそはしわけて、御きかせ給へ、といひけれは、よこふゑ身のうへとはしらすして、文をひろけて、さら〳〵とよみけり。筆のたてともしのつゝき、よしあるさまとみえたる。うたを見れは、身のうき雲のことくなり、きしうつなみのふせひして、野なかのしみつ、たにのうもれき、とかきとゝめて、人はいさおもひもよらし我恋のしたにこかれてもゆるこゝろを。きみゆへになかすなみたのつゆほともわれをおもはゝ、うれしからまし。 [page 4] よこふゑのたまひけるは、くすのした葉とは我身うらにありなから、ちゝにこゝろのまよふ事なり。身はうき雲のやうそとは、あまのよそなるきみゆへに、心そらにあこかるゝことなり。さくらのたちゑのうくひすとは、聲ふりたてゝなくはかりの事なり。きしうつなみのふせひとは、きみゆへこゝろをくたく覧となり。のなかのしみつとは、人に問れすひとりすむ事なり、とそ語りたまふ。めのと申けるは、なにをかなし申候はん。上らふはまいらせ、御返事とりてゑさせよ、と申人のさふらへは、にんけんのならひは、一しゆのかけに宿り一かのなかれをくむもたしやうくわうこうのへん、とこそうけ給はり、ちゝもりより、この事きゝて、たきくちをめしよせて、いかになんちはいかなる人のなかへいたしたてたらは、うれしかるヘきに、よになし物にあひなれて、身をいたつらになす事こそ、なによりもつてうたてけれ。たしかにおくり候へ、とたひ〳〵けふくんし [page 5] けれとも、もちいすかよふとこゝろへ又かさね申けるは、さのみきかれすは、うらみ申へし、とてすてにふけふす、とつかひ有。たきくちこれをうち聞て、つら〳〵物をあんするに、わかつかにこの世はをゆめそかし、かゝるおもひをする事よ、とうはうさくか九せんさひせひわうほか一萬さいも、なのみのこりて、跡もなし。ましてや、うき身を物にたとふれは、きしのひたいのねなしくさ、いりゑのみつのすてをふね、なみにひかれて行ゑなく、はすのうき葉のつゆよりも、あやうきにんけんを、しらてすむこそつたなけれ。大ほんわふのたのしみも、おもへはゆめのうちそかし。いはんや、この世の六十ねんさてめのと返しとりてかへりけり。さるほとにたきくちは、いまや〳〵とまちわひて、のきはのおきのそよくをも、それかとうちさわき、つまとをかせのたゝくをも、たさはのくひなのおりからこゝろほそくそおほへける。わかれをつくる鳥のねも、あわれそそれもつらからん、と思ひそめつるはしめより、めのとこしよよとりかへりしを待しおもひは、なか〳〵にたとへん方そなかりける。よそに人の音するも、めのとか、とむねうちさわき、まちけるに、めのとひそかにたちよりて、かの文とりいたし、返事とてたひけれは、さてたきくちとるてもかるく、うれしくて、あさかのやまの井はあさきところもありぬへし。おさゝのまくらの一ふしを契りそめしそうれしかりける。あるときはかせのこゝちといひなし、しのひ〳〵かよふときもあり。又あるときはさとへとてしのひてかよふときもあり。たかひにふかくおもふほとに、あはさりしさきのおもひは、かすならす、ひよくれんりのかたらひ、をなしことかりそめとおもへとも、れん〳〵かよふほとに、 [page 6] かちやうみやうも、おくりむかへはほともなし。さりなからにんけんにあるならひならは、おもふ人になくさみてこそ、をとこのおもひてとはなるヘきに、又いかにとみさかふとも、おもはしからすはなにゝせん。又おやのめいをそむかんも、いとつみふかし。をんなのこゝろをやふらんは、一ねん五白しやうけんねんむりやうこうのつみふかし。とにかくに、これをほたひのゑんとしておもひきれたるこそやさしけれ。 [page 7] ことさらその夜はこゝろしつかにいてたちて、いつものしゆくしよへゆきあひて、よこふゑにうちむかひ、いつよりむつましく、なこりをしさはいかはかり、いたわしや、よこふへは我おもひたつ事を、つゆほともしるならは、いかにかなしむへきもをの、とよこふゑかこの後をおもひやるこそあわれなれ。さても、このよこふへをおもひそめつるはしめより、こよひのいまにいたるまて、おもひつゝけて、よもすからつゝむとすれとなみたかわ、そのしからみせきかねて、千代をいちやと契る身の、たれにてか、にわとりのよふかにおとはなきぬらん。へひしやくのやもめからすのうかれ声けひめいみゝにそはたちて、よもほの〳〵とあけけれは、なにとなくいてたちて、ひころなれたるかんちくのやうてふをは、とりわすれたるふせひにて、枕にうちをきて、ひとまところを立いてゝ、 [page 8] たちかへり一め見て、またよ、といひしことのはは、なにゝたとへんかたもなし。それそかきりのことはなる。その後よこふへは、けふもすき、又あすもむなしくまちかねて、くるれはたちいてゝ、ふけゆく月ともろともに、たゝすこ〳〵とひとりねのうらみのかすそつもりける。さても、たきくちは、それよりすくにあるてらへまいりて、みとりのかみをそりおろし、こきすみそめにさまかへて、としは積りて十九と申に、さかのおくにきこへたるわうしやうゐんにとちこもり、おこなひすましていたりけり。たきくちかこゝろのうち、ほめぬ人こそなかりける。たま〳〵こと問ふ物とては、はかふのさるのひとさけひ、まとうつあめにまつかせの、まくらにきけはしかの声、よさむによはるむしのねも、かけひの水のたへ〳〵に、かけてもならぬあしすたれ、しはのあみとたけのはしらかふのけふりにそめなして、うき世の事をくわんしつゝ、いとゝあわれそまさりける。なめてかくはかり なにとたゝかけひのみつのたえ〳〵に をとつれきてはそてぬらすらん うちすさみて、よるひるのつとめひまもなし。さてもよこふへはゆめにもしらす、してむなしきよはのつもるをは、さしもこそおもひそめにしはしめより、のゝすゑやまのおく、ちいろのそこにいたるまてかはらしとこそちきりしに、我ならすいかなる人にあひなれて、いつしかわれをはすさめたまふ覧、うらめしや、とおもひしに、人の申やう、ちかころ物のあわれをとゝめしは、三てうのさいとうさへもんのしそく、よになし人をかたらひて、おやのふけふをかうふりて、とんせいしけるか、ゆきかたしらす、といひけれは、此よしをきゝつゝけて、あなあさましや、こはそもゆめかうつゝか、とくわしくこれを尋ぬれは、さかのおくとかやにおはします、といひけれは、あさましやみつからはそれをはゆめにもしらすして、うらみけるこそかなしけれ、かくとたにしりたらは、野のすへやまのおくまても、おなしみちに入て、ひとつはちすのへんとならは、さこそはうれしからまし、とてんにあほき、ちにふして、あくかるゝふせひは、たとへんかたそなかりける。あまりのおもひにたえかねて、むさんやよこふへはけんれいもんゐんをたちいてゝ、あこかれ行程に、いぬゐのかたときくよりも、おほうちにまよひいて、みなみのかたをなかむれは、おほうちの跡とおほしくて、らんせいもんはあれはてゝ、いしすへはかりそのこりける。ことはのゐんのゐにしへ、すかるなつくきてあきのやま、むらたつまつにふくかせも、こゝろほそくおほえける。きたのをはるかになかむれは、はるをわすれぬさくらはな、あるしをしたふにほひまておもひやられて、あはれなり。なみたにくれてたまほこのみちはさたかにみえねとも、ならひのおかにかかりつゝ、そめとのゝきさきのこさん、さうほうらんかうゐんをさしすきて、つりとのゝさんさふ、まつのあらし、をのつからきんのの声をしらへ、たにの水音すさましく、こけをしたひてなそちりなる、となせのたきの、なかもといかたをくたすをゝいかわ、いせきのことよせて、かくそ思ひつゝけける せきあへぬなみたのかわのはやきせは あふよりほかのしからみそなき とうちなかめて、をはなかほかのほそみちを、さかといふニもしはかりしるヘにて、たとる〳〵とゆくほとに、さかのみちをはしらすして、きたやまのへんにまよひける。ところ〳〵にたつけふり、すへたゝへ跡もなし。ゆきかふ人もたえ〳〵に、人をとかむるさとのいぬ、声すむほともなかりしかは、やう〳〵まよひ行ほとに、 [page 9] ほうりんしのはしをうちわたり、その夜はこくうさうにまいり、つやしてよもすから申やう、ねかはくは御仏 [page 10] きゝいれ、なうしゆふたれましませ。心なきさうもくも、ゑたをかわして、さすとかや山にすむけた物きにすむとりまても、つはさをかさねてはをかはして契りをなす、とうけたまはりさふらへは、御ほとけしゆしやうをたすけおはしませ、あかてわかれしたきくちに、たちそふまてはなくとも、いま一め見せたひたまへ、となみたをなかし、よもすから大し大ひとねんしゆして、さよふけかたになりしかは、すこしまとろむところに、八十あまりのらうそうの、うすゝみそめのころもに、かうのいろなる御けさ、かけこしにはあつさのゆみをはり、ひたいにはしかひのなみをたゝみ、まゆにはしもをたれて、よこふゑかまくらにたちよりて、なんちの申たきくちはこれよりきたのたに、わうしやうゐんにいたれとも、こんしやうのたいめんは、おもひもよらぬことなり。かゝる御むさうをあたふるも、大し大ひのりやくなり。このたひたきくちかほとけのみちにいりしも、なんちかさいしやうをたすけて、ともにしやうかくせんかためなり。あひかまへて〳〵、このたひあひねんのきつなをきり、ほたいのきしにいたるヘし、とねんころにしめしたまひて、かきけすやうにうせたまふ。ゆめうちさめて、よこふゑなみたをなかし申やう、もとよりかなはぬことはせひもなし。かなはぬ事のかなふこそ、かみやほとけの御しひなれ、とてなくよりほかの事そなき。今ははや、もしものたのみもつきし、とよもすからほの〳〵とあけけれは、こくうさうをふしおかみ、たとり〳〵ゆく程に、しやかたうおうちにまよひいてゝ、いつくへともしらすして、おちこち人のとをるに、わうしやうゐんはいつくそ、ととひけれは、なさけのなきはしらぬといふ、なさけのあるはねんころに、これよりいぬいにすみあらしたるふるたうのみち、たえ〳〵に、露ふかし、とこま〳〵とおしへけれは、わうしやうゐんときくよりも、さきへとはかりいそきけり。やう〳〵たつねゆくほとに、人のおしへしことくに、すみあらしたるふるてらあり。あたりをめくりやすらひて、たよりもかなとまつ程に、こゑをたよりにきく程に、たきくちのこゑとおほしくて、かくこそゑいしたまひけれ。ひとりねのこよひもあけぬいまこんとたのまはこそはまちもうらみむ [page 11] とゑいして、かねうちならし、やゝありて法花きやうのたひはほんを、かうしやうによみたまへは、さてもとし月きゝなれし人のこゑなれは、たきくちときくよりも、そこにてきゑ入はかりにおもひしかとも、しはしこゝろをとりなをし、又たちあかり、よろ〳〵とあゆみよりて、しはのあみとをほと〳〵たゝきけれは、うちより、しもほうし一人いたして、いつくよりそと申なれは、みやこよりよこふゑと申ものにて候。たきくちとのヘ物申さん、といひけれは、よこふゑかこへときくよりも、むねうちさわきて、しやうしのひまよりものそきけれは、すそはつゆ、袖は涙にしほれつゝ、まことにたつねわひたるふせひにて、あみとをたゝき、たちそひて、しほ〳〵としたるありさまは、ありしいにしへのおもかけに、なをまさりてそおほえける。見れはめもくれ、こゝろもきえ、いつれをゆめともうつゝともおもひわけたるかたそなき。又おもふやう、このうへは、いてあひてかはるすかたを一め見せも見はや、とおもへとも、こゝろにこゝろをひきとゝめて、あのよこふゑか、いかにといひて、ひし〳〵ととりつき、あかぬうらみなか〳〵になさけなくひきもきて、ふたゝひ物をおもはんより、かさねてつみふかし。むさんやな、よこふへみとせあまりのなさけをしたひてきたるこゝろさし、なにゝたとゑんかたそなき。いてあひて一めみ候はや、とちたひも〳〵たひおもへとも、うたてのわかみや、とこゝろからなくよりほかの事そなき。又人をいたして申やう、そうしてこのてらと申は、によ人のいらぬところなり。そのうへたきくちとやらんは、きゝもならはぬ人なり。とく〳〵かへりたまへ、とてしはのあみとをおしたてゝ、しやくまくむにんしやう、とてしはのあみとをおしたてゝ、おともせす。このありさまを見て、よこふへしはのあみとによりそひて、なさけなのたきくちとのや、うたてのありさまや、いにしへのことく、いま又ちきらんといははこそ、かはりぬるすかたを一め見えたまへかし。しくれにぬるゝまつたにも、かはらぬいろはある物を、ありし世のむつことにひのなかみつのそこまても、かはらしとこそ契りしに、はやくもかはるこゝろかな。ありしくさのなさけにもといはゝこそ、みつからともにさまをかへ、おなしあんしつにとちこもり、おとこははなをつむならは、みつからはみつをむすひ、はなをすゝき、かうをたき、ねかははや、おもひてこれまてたつねまいりたり。そのうへふさいはニせのちきりときゝしかとも、こんしやうのたひめんたにかなふましくは、あさましや。さてもみつからとちきりたまふとて、おやふけふをかうふりて、かやうにならせたまへは、ふかしきにみつからをうらめしとおもひたまふもことはりなり、とはおもへとも、又みつからかふかきおもひにしつみしは、たれゆへそ。あかしやうつゝ、いまやゆめ、おもひにけたるかたそなき、と又さめ〳〵となきたまふ。さてもいにしへはなを見、月をなかむれと、ニ人みるにはくもりなや、くにをうこかすあらかせも、おもふなかをははよもさけし、とちきりつることは、いまのことくにわすられて、むつれしそてのうつるかは、いまもかわらすにほへとも、いつより人はかわるそや。うたてゝのきみや、とあみとのくちにたおれふし、こゑもおなしますなきけれは、たきくちはこれをきゝ、あまりのおもひにたえかねて、もたえこかるゝありさまは、なにゝたとゑんかたそなき。せめてのなくさみに、こゑをなりともきかせはや、とおもひつゝけて、かくはかり あつさゆみそるをうらみとおもふなよ まことのみちにいるそ我身は とありけれは、たきくちこゑときくよりも、あまりのうれしさに、よこふゑとりあへす、かくばかり あつさ弓そるをなにゆへうらむへき ひきとゝむへきみちならはこそ となく〳〵うちなかめて、あまりのおもひにや、あきれはてゝ、しはのあみとにとりつきて、人めもしらすなきいたり。これを見て、たきくち、あはれやいとゝまさりける。あんしちのうちをは、いてもせてなき、あはれかな。やゝありて、よこふへは又たちあかり、なみたをなかし、申やう、いまははやもしやのたのみもつゆはて〳〵、いつくをみやこともおもひわけたるかたそなき。かくてあるつきならねは、なく〳〵かへりけるか、 [page 12] すこしいほりをたちさりて、又たちかへりて、あんしちのかたを、まことにうらめしけにみて、さてもたきくちはなさけなく、みつからをは、又とふかたもなき物を、なにとなれとてかほとにはすてはてけるそ、うたてしや、とおもへとも、いとゝなをあとへひく心は、ちたひちすちのつなをつけひくよりも、なをゆかすさきへといそくこゝろは、さゝかにのいとよりほそき心ちして、ふみもならはぬほそみちを、なく〳〵まよひゆくほとに、みやこのみちをはしらすして、又ほうりんしのはしに、まよひいてゝ、こゝろのうちにおもふやう、つら〳〵物をあんするに、よしなの心やな、あふひのかひのかたおもひ、人はかほとにつれなきを、おもふもくるし、とにかくに、つれなきいのちあれはこそ、あかぬわかれも恋しけれ、とたゝ一すちに思ひきり、おゝひかわのきはなるほそみちを、三ちやうはかり行けれは、千とりかふちといふところに、うへにうへにきたるきぬをは木すゑにうちかけて、ふみならしたるたるいけらをは、いはのうへにぬきすてゝ、あらしの山の松かせ、おほ井かわのなみのおと、ともに千とりと、よこふゑかいまをさいこと [page 13] なくこゑは、いつれもなきあはれかな。むさんやな、よこふゑは、たもとにいしをとり入て、にしにむかひて、てをあわせ、なむ西方のあるし、あみ陀ほとけ、あかてわかれしわかつまの、ひとつはちすのゑんとむかへおはしませ、大慈大ひのせいくわんとうけたまはれは、たのもしや、南無阿弥陀仏〳〵、と十へんはかりそ申て、おしかるヘきよはひかな、十七と申には、ついに身をそなけにける。かゝるところに、つま木とる山人、川よりもむかいにて、あれ〳〵とよははれとも、つゐにむなしくなりにけり。かくてやま人は、たきくちのあんしつのまへをとをるとて、かへるともにゆきあひて申やう、ちかころあはれなる事を、たゝいま見て候へ。大川のみなかみに、あらし山のふもとなる、ちとりかふちといふところに、十七八のによふはうの、いはのうへにあかりて、あそふかと見てあれは、身をなけ給ふほとに、あれ〳〵といひしかと、このたのかわをとをるあひた、あはれさ申はかりなし、とこま〳〵と [page 14] かたりけれは、かへるとも〳〵、これをきゝ、けふあはれ、なに事にか、とてなみたをなかしける。さてもたきくちこれをきゝつけて、むねうちさわき、もしやよこふゑなるらん、と物もとりあへす、ほんそんをくひにかけ、下ほうし一人めしつれて、ひかさをはくひにかけ、身のうきかすは大ゐ川のなみたにみちはかきくれて、いそくとすれとほとゝをし。なく〳〵はしりゆくほとに、しやかたうおほちをさしすきて、見わたせは、き〳〵のこすへに、うすきぬのおろす [page 15] あらしにひらめきわたれは、我をまねくと、おのつからいとゝあはれそまさりける。ちとりかふちにはしりつき、かみよりしもにかわをさかしけれは、はるかなる川のすへのいせきに、なかれとまり、ありしかたちもうせはてゝ、むなしかたちをとり出し、なくよりほかの事そなき。すてにけさわうしやうゐんにて、しはのあみとにへたてゝ、人はそと我はうちにてもたへこかれしロロさま、いまのすかたロロらふれは、物のかすロロかすならす、 [page 16] あたなるもつれなきも、人のいのちにて、うきに限らぬならひとて、いかなるくわこのゐんくわそ、とかゝるおもひをすへしとは、あまりのおもひにや。ひさのうへにかきのせて、むさんの物のあり様や、かくあるヘしと、しるならは、なにかは見せても見えさらん。さこそはくさのかけにても、うらめしとおもふなよ。わつかにゆめの世のすみはつる人とても、六十ねんはかきりにてこそ、らうせふふちやうのならひとて、おひたるもわかきも、さためなや、かやうにならせたまふも、此世ならぬゐんくわそ、とおほしめしさためよ。いまこそうらみのふちにしつみたまふとも、われらかいのちのあらんほとは、こ世をはとふらい申へし。さらぬたに、によにんはこしやう三せうのつみふかし。されは、ちる花のゑたにかへることなし。にしにかたむく月も、又なかそらにかへることなし。人さらにしゝてふたゝひかへらす。この身のくるしみおもひやられて、いたはしや、さてもいにしへのはなのいろこそかなしけれ。かくてあるヘきならねは、ほとちかきのヘにて、ゆふへのけふりとなし、ゆひこつとひろひてもとのあんしつにかへり、いよ〳〵いよ〳〵、たうしんをおこしつゝ、おこなひすましてそゐたりけるほとに、この事みやこにきこえけり。こまつとのゝによゐんも、あはれにやおほしめし、やさしき物のふるまひかな、人にちきりをなさは、かやうにこそあるヘけれ、とてにようゐんをはしめたてまつりて、きく人そてをぬらしける。こまつとのゝ御おとゝ、こしよへそうもんせられける、はたきくちをめしいたして、いかなるてらをか御たて候て、とらせられ候へかし、とおほせられけるよし、たきくちきゝつけて、みやこちかくすめはこそ、かゝる事をはきけ、とておうせくたさぬさきにとて、よこふへかためあんしつのうしろにたんをつきて、そとはをたてゝゆひこつをくひにかけ、かうやさんにのほりけり。さるほとにちゝもりより、この事をきゝつけて、かくあるヘしとおもひなは、いかなる物とちきるとも、なにしにふけうすへきそ、とてんにあふき、ちにふして、もたへこかるゝありさまは、なにゝたとゑんかたそなき。のゝすへ山のおくまても、我子たきくちかあるときくならは、たつねゆかさらん、とていそきかうや山へのほりて、あんしつをつくりて、ほうとうゐんとそ申ける。一もんの人〳〵も、かうやのたきくちひしりとて、たつとくそ申ける。 |
| Number | [配置場所]貴重資料室/[登録番号1]国文N2079/[登録番号2]文16865 |

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