中将姫

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License URI https://dc.lib.hiroshima-u.ac.jp/da/page/license1
Holder 広島大学
Title 中将姫
Title pron. チュウジョウヒメ
Vol./Num.
Physical size 1冊(全2冊)
Binding 和装
Printing 写本
Location 広島大学図書館
Collection 奈良絵本 室町時代物語
Description1 [あらすじ]右大臣豊成の娘中将姫は、継母の讒言で殺害されようとするが、家来によって庵に隠され養育される。その後都に帰った中将姫は出家して禅尼と名乗り、阿弥陀如来の来迎のうちに極楽往生をとげる。
Description2 [解説]当麻寺に存する曼荼羅の縁起に伴う中将姫の説話である。当麻曼荼羅に姫が関わり、極楽往生をしたという話は『建久御巡礼記』(建久3〈1192〉年成立)以来、複数の記録・説話集に見られる。そこに姫の発心を語る継子いじめ譚が導入され、中将姫の一代記として当該本のような物語が成立した。「仏教の連続説教用、談義僧の手控え的な性格をもつこの作品は、中将姫の誕生から往生までの一代記であり、前代までの中将姫説話を集大成して発展させた」といわれる(『お伽草子事典』)。広大本は奈良絵本2冊。諸本は写本の形で伝わるものと、慶安4年に出された絵入り版本とが見られる。広大本と同じく写本2冊で伝わるものに国会図書館蔵本、慶應義塾大学斯道文庫蔵本(下巻のみ存)などがある。
参考文献
【テキスト】1『室町時代物語大成』9/2『室町時代物語集』4/3『御伽草子絵巻』24 ほか。
【研究文献】1元興寺文化財研究所編『中将姫説話の調査研究報告』(昭和58年)/2徳田和夫「享禄本『当麻寺縁起』絵巻と「中将姫の本地」」(『お伽草子研究』昭和63年、三弥井書店)
Reprinting [page 2]
中しやうひめ 上
さるほとに、ならのみかとの御とき、たいゐのてんわうに、よこはきのうたいしんとよなりとて、さいかくよにこゑ、めいよ身にあまり、されはきみもいみしくおほしめしけり。たみをあわれむ事、ほとけのしゆしやうをおほしめすににたり。一人のそく女まします。中将ひめとかうす。てうあひなのめならす。しかるにひめきみ三さいにならせ給ふとき、きみの

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御かた、ちうひやうをうけ給いて、なやみ給ふ。くすりをつくし、れうちをいたすといへとも、みなたよりをうしなふ。しんめいもかんをうなきににたり。日々におとろへ給ひてニ七日と申に、つゐにむなしくならせ給ふ。そのおりふし、きたのかたの御ことはそあわれなる。大しんにの給いけるやうは我此ちうひやうをうくるといへとも、よのつねのされともとこそ思ひつるに、しせん事うたかいなし。みし事もわすれ、きく事もおほへす、あたなるいのちのうちに、一のうらみあり。此よをはやくさりてめいとへゆくみちに、しての山、みつのかわらてさりかたきみちあり。あひしたかふ人もなくたゝひとり〳〵ゆくなる事のかなしさよ。きみとちきりをむすひまいらせしときは、きみかゆかん所へはひのなか、みつのそこまても、もろともとこそちきりし。まこと

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にそのことはくちせすしてみつせかわをおくりこしえんまのちやうまておくりつき給ふへきや、との給へは、大しん返事をはしたまわす、たゝさめ〳〵となき給ふ。をの〳〵そてをぬらさぬ人そなかりける。さしもふかくこそちきりまいらせし事なれとも、御かたはまことのみちにおもむきまします。とよなりはそのこいまたきたらす。もろともにしての山みつせ河をこえん事さためなし。それこそにひかれて六たうまち〳〵なれは、いつれのみちへかおもむかんそれさためなし。御せんいかにもならせおはしまさは、すみそめにみをやつしふ。かき山にもこもり、ひとへにこしやうほたいをもいのりまいらせんにはしかしとの給へはこれをきゝの給ふやうあわれこんしやうのちきりほとはかなき事はあらし。たのもしく思ひたてまつる人た

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にもたのみなけれは、いまはほとけならてはたれかわれをたすけたまはん。此よの事は思ひきるとてきぬひきかつきふしたりけるか、又しはらくありてきぬおしのけての給ふやう、人のもつましき物は、たゝこにて候ける。ねんふつ申て、わうしやうせんとおもふ中にも、中しやうひめか事をわすれかねて、こせのさはりともなるヘし。

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あひかまへて、われはかなくなりたりとも、此こ十にあまり廿にならさらんほとは、たにんにみせ給ふなよ。もし〳〵申たる事むなしくなり候て、くさのかけにてもうらみたてまつるへし。いかなるけうやうをし給ふともそのときはうかふ事あるヘからす、との給いけれは、大しんおほせけるやうは、きみ一人の御こにあらす。とよなりかためにもこにて候。御心やすくおほしめさるヘし、と申給ひけれは、よにうれしけにおほしめして、中将ひめをしやうしまいらせひたり。のわきのしたにすへて、よにくるしけなる御こゑにて、人のくわほうはさためなしといへとも、なんちほとくわほうなきものは、よもあらし。いかなれは人のこの十にあまり廿になるまても、ちゝはゝにそふそかし。なんち三さいをこにもすこさすしてわれにおくれ、あとに思ひをとゝめん事の

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かなしさよ。もしなんちなからへは、ねんふつ申我つゆときへてのち、こしやうをたすけよ。御みをおもふゆへに、あくたうにおちぬとおほゆそ、とおほせられけれとも、三さいの事なれは、思ひ入たるけしきもなかりけり。それのみにつけてもあわれさ申はかりそなかりけり。されともちからおよはぬみちなれは、このことはをかきりにて、いきたへ、まなことち給いぬ。おなしみちへとかなしみ給へともそのかいそなかりける。さてあるヘきにあらされは、せんたんのけふりとなしたてまつる。大しん御なけきは申におよはす。きせんくんしゆしてなきかなしみ、そてをぬらさぬ人そなかりける。まことにありさまたとえんかたそなかりける。そのゝち御所へかへり給いぬ大しんの御心のうちこそあわれなれ。よもあけけれ、のヘにいて給ひ、御あとみ給へは、月のひかりよそおひにたと

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へし御かたちは、くもけふりとなりて、むしやうのかせにさそわれぬ。大しんなみたにむせひ、おなしみちにとなけかせ給へとも、かいそなき。ある人申けるは、かやうの御思ひは、御み一人にかきらぬ御事なり。いかにおなしみちとおほしめされ候とも、六たうまち〳〵にしてくをうくる事もしな〳〵なる。あるひは三あくのくをうけたまわんことうたかいなし。

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又てん人のくわほうにかほこりましまさすらんむまれあひたまわん事、まことにふちやうなり。御心さしふかくは、さまをもかへて、御ほたいをもとふらいまいらせ給ひて、又ひめきみさまをもおしたてまいらせ、なき人の御かたみにもみまいらせたまわんにはしかし、と申けれは、まことにやおほしめしけん、御なみたのひまよりかくなん、
 夜とゝもに思ひあかしてけさみれは
 けふりとなりてきへはてにけり
御あとのけうやういとなみ給ふ事かきりなし。かくてとし月をおくり給ふほとに、ひめきみやう〳〵七さいにならせ給ふ。ようかんひれいにしてせいしんたにことなり。これにつけても大しんおほしめしけるは、はゝもろともにあひそいてみはやなん、とゝわすれ給ふひまそなき。ひめきみ七さいと申はるのころ、みなみ

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おもてのはなそのにたちいて給いぬやえさくらのさきみたれたるを御らんするに、をさあひもの二人きたりて、花をおり、又をとこ女きたりてこの花をふたつにわけてちいさきにとらせて、はゝいたきてかへる。をとなしきにとらせては、ちゝいさなへてかへる。これをひめ君御らんして、いかなるものそとゝひたまへは、

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めのとこたへ申やう、あれはおさあいものゝちゝはゝにて候。あにをはちゝつれてかへる、おとゝをははゝくしてかへり候、と申けれはひめきみ御かほのいろかはり、をほせられけるは、みな人の上は、ちゝはゝとてあるならいなるか、なにとて我らにはちゝはかりにて、はゝはおはしまさぬ、ととひ給へはめのとなみたをなかし、御返事を申かねてそゐたりける。かさねていかにとゝい給へは、めのと申やう、ひめきみ三さいにておはしますとし、御はゝむしやうのかせにさそわれ、はかなくならせ給ひ候、と申けれは、ひめきみゆかにふしまろひ、わかはゝのおはします所しらせよ、とてなきかなしみ給いける。あるそうのおはします所へ、めのとにもしらせおはしまさて、みつからいて給ひ、おほせられけるは、われ三さいの時はゝむなしくならせ給ひしを、いまゝてしらす候ける事のかなしさよ。御そう

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白紙

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は、こせの事おもしり給ふときけは、はゝのおはします所へおしへて給へ、との給ひけれは、そうの心のうちあわれさ申はかりもなし。にしきのふくろより御きやうをとりいたして、御きやうのうちに、はゝ御せんまします所くわしくあるヘし。これをつねにあそはし候はゝ、たゝはゝ御せんを御らんするとおほしめし候へ、とさつけまいらせけれは、三たひらいしてうけとり給いぬ。いまのせうさんしやうときやうこれなり。そのゝちより御きやうまい日おこたらすよみ給ふ。またある時はしよしやこねんころにとふらひ給へり。大しんこれを御らんするにつけても、あわれさなをもまさりけり。ある時ひめ君ちゝの御まへにての給ふやう、まことのはゝにはいとけなきにおくれまいらせぬ。いかなる人にてもをはしまし候へ、御らんせさせ候へかし。まことのはゝとおもひまいらせ候

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はん、との給ひけれは、さもとやおほしめし候はん、との給ひけれは、そのなつのころよりはしめてけいほにあひ給ふ。ひめきみはまことのはゝのこと〳〵おほしめして、すこしもそむき給ふ事なく、御心さし、かゝりけるに、けいほつねのならひよにこへて、ひめきみをあしく思ひたてまつる。かんふうはけしきふゆのよのあけぬるに、ちゝの御まへにてあしきさまに申なして、ひめ君をうしなひまいらせはや、と思ひ、はるの日のなかくくれやらぬにも、このことをわすれす、とにかくににくみける、けいほの心のうちこそあさましけれ。されともまことの御とかなけれは、思ひなからすこし給ふほとに、ひめきみ十三さいになり給ふ。ようかんいよ〳〵あさやかにして、てんかにありかたきなんとのきこへありけれは、とよなりとにうれしき事におほしめし、人ののそみなに事か

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これよりすくへき、なとゝよろこひ給ひけり。けいほ此事をきゝ、やすからぬ事と思ひ、つねは大しんの御まへにてひめきみあしきさまの事を申されけれとも、さしてせうゐんもなかりけり。いかにしてもひめ君をうしなひたてまつらはや、と思ひ、ある時人をかたらひて、かふりをきて、そくたいのすかたにて、ひめきみの御かたへはあさましきものゝ出入とうけたまわる。

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まことゝはおほしめすましき事なれとも、あまりにあさましき事にて候ほとに、かやうに申なり。女のみほとくちおしき物は候はす、よしなきふるまいをしてあさましき事のいてき候へは、わかみをもうらむるならひなり。ひめきみもいかなる事のあらんときは、わらはなさぬ中とてうらみさせ給い候なん、とさま〳〵さんけんし給いけれとも、まことしからぬ御返事のみなり。われ〳〵申事をもしそら事のやうにおほしめし候はあしたとくひめきみの御かたを御らんし候へ。出入候ものをみせまいらせ候わん、と申給へは、さもとやおほしめして、しのひて御らんしけれは、かねてやくそくありし事なれは、ひめきみはすこしもしりたまはぬに、しろきひたゝれきておりゑほしきたるをとこ中将、ひめの御かたよりかへりぬ。そのときけいほの給ふやう、あれ御らん候へ、み

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つから申事そらことゝおほしめし候へとも、いまは何の御ふしん候へき、と申給へは、ちゝまことにあさましくおほしめして、せひをのたまわす。けいほかさねて申給ふやう、女のならひなれは、一人にちきる事よのつねのならひなり。あるときはそくたいの人もあり、またかりきぬきたる人もあり、いかなる女はうやらんとおもへは、おとこなり。かやうにあまたにちきりをむすひ、あさましきふるまいをし給ふ事、さなからとよなりの御かほをもよこし給ふ。いかに人〳〵もさたし候らん、とまことにあさましく思ひ候よし、さま〳〵にさんけんし給ひけれは、大しん、いまはそら事にてなかりけり、とおほしめして、なみたをなかし、の給ふやう、人のもつましきは女はうなり。はゝさいこのとき、かの物になこりをおしみ、われむなしくなりたりとも、中しやうひめおろかに思ひ給ふなよ。人にもなし

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給ひ候へ、と申せし事わすられて、いよ〳〵おろかにもおもはす、世にもあらせはやとおもふ所に、かやうにあさましきふるまい、なか〳〵申におよはす。此事世にきゝなは、とよなりかいゑのちしよくなるヘし。いかゝせん、と思ひわつらひ、いまはかのものをうしなはんにはしかし、との給ひて

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ものゝふをめしておほせけるは、中しやうひめをあひくして、きいのくにありたのこほりひはり山といふ所へゆきて、くひをきりてゑさせよ。のちにけうやうをせん、との給ひけれは、ものゝふうけ給はり候て、ひめきみくそくしたてまつり、ひはり山へといそきけるこそあわれなり。けいほあまりのうれしさに、かきかへにむきてわらうはかりなり。さるほとに、ものゝふひはり山にゆきて、あるたに川のほとりにをきたてまつり、御くひをうちまいらせんとす。ひめきみものゝふのかたにむかひての給ふやう、けいほのさんけんにより、なんちかてにかゝりいのちをうしなわれなん事、せんせのしゆくしうなれは、ちからなし。なんちをうらむへからす。さりなからすこしのいとまをゑさせよ。そのゆへは七さいよりふもの御ため、まいにち御きやう六くわんつゝよみ奉る

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を、けふはいまたよます候。いま一たひよみたてまつりて、はゝの御ためにもゑかう申、わかみのこしやうせんしよをもいのらん、とおほせられけれは、ものゝふもいわきならぬみなれは、たちをそはめてまち奉る。ひめきみ御きやうとりいたしあそはし給へは、さすかに御なみたのひまなく、ゆくゑもしらぬ山のおくにてさもおそろしきものゝふのてにかゝりなん事、これにつけても我はゝのおはしまさんには、いかてかやうにあるヘき、とおほしめし、御そてをしほりかね給へは、わつかに御きやう三くわんはかりあそはして、まきおさめ、にしにむかいててをあわせ、ゑかうのことは一くわんの御きやうをはちゝのけんたう二せの御ため、いま一くわんの御きやうははゝのこしやうほたいといのり、のこる一くわんの御きやうをはわかみのこしやうせん所、とゑかうあつて、ものゝふにむかって

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の給ふは、あひかまへて〳〵わかあとのはち、よく〳〵かくせよ、とて上にめしたる御こそてをぬきて、わかくひこれにつゝみてちゝの御まゑゝもちてまいるヘし。みせまいらせんときは、おもてにちなんとのつきたらんなとをもよく〳〵あらひてみせまいらせ候へし。いのちをゝしみ申事はなけれとも、けいほのさんけんあまりになさけなく思ひ侍る、とて御なみたをなかして

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たけなる御くしをからはにわけ、にしにむかつてかつしやうし給いて、わか心のおよはんほとはねんふつ申へし。十ねんになりゑかうのことはにおよはゝ、いそきくひをうつへし、とおほせありて、ねんふつ百へんはかり申、十ねんしてゑかうのことはにいわく、なむさいほうこくらくけうしゆ、大し大ひあみたによらい、たとい五しやう三しうのつみふかくして、しよふつしやうとにはなるゝといふとも、此年月の御きやうのくりき、さいこのねんつのこうにて、五しやう三しうのつみをめつし、さいはうしやうとに此みをいんたうし給ひて、はゝとひとつのはちすに、とゑかうし給ふ。たな心をあわせて十ねんかうしやうにとなゑて、御くひをのへて、いまわのけしきにみへ給へは、ものゝふたちぬきもちて、ひたりのわきへまはりて御くひをうちまいらせんとしけるか、御すかたをみれは、秋の夜の月の

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山のはを出しよそおひにもすくれ、ようかんはなつのはちすの日をゑてひらき、いろをますににたり。かんさしくろくして御たけにあまり、あひきゃうのまなしり、たんくわのくちひる、ゆきのはた、ゑなめての人ともみへ給はす。めくれ心もきえて、たちのうち所もおほへす。たちなけすてうつふして、なきかなしむ。ひめきみはいまや〳〵とまち給ふ所に、ときおしうつるほとに、うしろをみかへり給へは、ものゝふうつふしにふしてなきゐたり。ひめきみの給ひけるは、いかにをのれそれほとに思ひけるには、ちゝのおほせうけ給はりてきたれるか、との給へは、ものゝふこれをきゝ思ひけるは、いたはしの御事や。けにも御たうりなり。によしやうの御みとしてかほとにかうにおはしますためしなき御事なり。しよせん此ひめ君をうしなひ奉りたりとも、いくはくのけんしやうにあ

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つかり、せんねんをおくるヘきにあらす。又たすけまいらせたるとかによつて、しさいるさいにおこなわるゝとも、それせんせの事なるヘし。あまりに御いたはしく思ひたてまつれは、我いのちのあらんほとは、いかなるこかけいわのはさまにもかくしをきまいらせはや、と思ひけれは、ひめ君の御まゑにまいり此よしを申けれは、まことにその心さしあらはうれしかりなん、とおほせありて、御なみたをなかし給ふ。そのゝちしはのいほりをむすひ、わかさいしをよひよせて、このみをひろいたきゝをこり、さとにいてゝはみちのほとりのおちほをひろい、またくまのまうての人に物をこい、そのあわれみをうけてはひめきみのあさなゆふなをすこしまいらせけり。とほしき御すまゐと申なから、年月をおくり給ふほとに

Number [配置場所]貴重資料室/[登録番号1]大国51