doi : 10.15027/da52
住吉物語
| ライセンス種類 |
このコンテンツは「パブリックドメイン」の条件で利用できます。詳細はリンク先をご確認ください。|Content is available under the terms of "Public Domain". Check the link for details.
|
|---|---|
| ライセンスURI | https://dc.lib.hiroshima-u.ac.jp/da/page/license1 |
| 所有機関等 | 広島大学 |
| タイトル | 住吉物語 |
| タイトルヨミ | スミヨシモノガタリ |
| 著者 | [作者未詳] |
| 巻号 | 中 |
| 物理サイズ | 1冊(全3冊); 挿絵: 上中下それぞれ五丁分 |
| 装丁 | 和装 |
| 写刊区分 | 写本 |
| 所在 | 広島大学図書館 |
| コレクション | 奈良絵本 室町時代物語 |
| 説明1 | 題簽は墨書。本文は十行古活字本系であるが、一部白峰寺本系と同文。また、非流布本系の本文箇所もある。 [あらすじ] 四位少将が姫君に求婚するが、継母が策を弄して妨害する。姫君は亡母の乳母が尼となって隠棲する住吉へ逃れ、姫君を忘れることのできない少将は初瀬に参詣して夢想を得、住吉で姫君と再会。二人は都へ戻って幸福な結婚生活を送る。 |
| 翻刻 | [page 3] すみ吉物語中 少将、の給ふやう、なにとなく世中のこゝろうくのみ侍れは、ふかき山にとおもひたつに、そのとき、おほし出なんやと、のたまへは、三のきみ、いかに、なにゆへに、さることは侍るヘき。たまさかにまちつけ侍るたにも、こゝろうくこそ。ましてかに哀にかとて、うちなき給へは、あはれにてまことや、あらまし事そとて、とかくあかしていてさまに、たいにやすらひて、 きみかあたりいまそすきゆくいてゝみよ こひする人のなれるすかたを [page 4] と、おかしきこゑにて、うたひけれは、ししう、きゝとかめて、まとをおしあけて、いかにといへは、少将、世の中のうさ、まさりゆけは、ふかき山にもなと、おもひとりてなといひたまへは、侍従、いてや、一ねんすいきとこそうけたまはれ。まして、むさし野の草のゆかりなれは、おなしはちすもこそとはいへは、うれしき善知識とかやにこそと、たはふるゝもわすれかたくて、かくこそわらひたまふとも、哀とおほしあはする事もありなん物をと、いひつゝ、あかしくらすほとに九月にもなりぬれは、中納言、北の方に、の給やう、ゆくすゑはしらす、ニ人のきみは、ありつきぬ。このたいの方を、ことしのこせちにまいらせはやとおもふに、うちあはぬことのこゝろうさよとてなけき給へは、わか子ともにおもひましたまへるを、ねたしとおもひなから、いふやう、中々、おほえすくなきみやつかへよりも、ときめくかんたちめなとに、あはせたまへかしなといへは、なみ〳〵の人にはみせんこともあたらしさになと、のたまへは、まゝはゝ、ともかくも、はからひにてこそといひなから、いか [page 5] にしてか、あやしき名をたてゝ、おもひうとませんとあんしけり。中納こん、霜月のことなれは、いてたちをのみいとなまれけれは、まゝはゝ、ともにいとなむけしきにて、したには、人わらはれになすよしもかなとおもひ、人しつかなるときに、中納言にきこゆるやう、聞なから申ささらんもうしろめたきことなれは、申なり。このたいの御方をは、わかむすめたちにもすくれておはせよかしとこそもひ侍に、この八月よりの事を、露しらさりけるよとて、空なきをしけれは、中納言、あきれて、こはなにことそととひ給へは、六かくたうの別当法師とかやいふ、あさましき法師の、ひめきみのもとへかよひけるか、このあかつきも、ねすくしたりけるにや、たいのかうしをはなちて、人のみるともなく出にけることの、こゝろうさよとて、これ、いつはりならは、仏神なと、けに〳〵といひけれは、中納言、よもさる事はあらし。女房なとの中にそ、さる事はあるらんと、の給ひけれは、中のかうしをはなちていてける。うはの空なる事をは、いかてか。よくよくきゝてこそなといひ給へとも、なを、けにと [page 6] おもひたまはさりけり。まゝはゝ、三の君のめのとに、きはめてこゝろむくつけかりける女はうに、聞あはするやう、このたいのきみを、わかむすめたちにおもひましたまへるかねたさに、とかくいへともかなはぬ、いかゝすへきといへは、むくつけ女われもやすらすは侍れとも、おもひなからうちすくしさふらひつるに、うれしやとて、さゝめきあわせて、そのゝち、三日ありて、あやしき法師をかたらひ、中納言に聞ゆるやうは、いつはりとそおほしたりしに。たゝいま、かの法師、出るなりと聞ゆれは、見給ひける時に、出にける。あなゆゝしのことや。おさなくてははゝにおくれてまた、めのとさへにはなれて、哀にくわほうすくなき物とはおもへとも、あさましとて入給ひぬ。さて宮つかへの事は、おほしとまりぬ。 [page 7] 中納言、たいにおはしけれは、姫君なにこゝろなくゐ給ふにむかひて、いみじきことのみ出くることのあさましさよと、の給へは、ひめ君も、なに事にやとおもひ給へり。中納言、たちさまに侍従をよひて、の給、あさましきことを聞は、内まいりは、とゝまりぬとはかりの給いてかへりたまへは心えぬことなれはいひやるほかなくて、やみにけり。さるにてもいかなるにかとて、しきふといふ女の、たいのかたにこゝろよせらるにあひて、中納言とのゝしか〳〵とおほせられしは [page 8] なにことにや。きゝ給ふかといへは、しきふ、しか〳〵、たはかるよしをいひけり。侍従、さはきて、ひめ君に聞えあわせて、はゝなからんものは、世になからふましきことにこそとて、ふたりなからひきかつきて、うつふしなから、この事たれにも聞えさすなとていはんほとに、あなたこなたの名のたゝんことも、見くるしとそ、の給ふ。まゝはゝは、しえたる心ちして、むくつけ女とふたり、したゑみにゑみあへり。中納言、内まいしりこそと、ゝまり侍らめ、そもあらん人に見せはやと、おほすほとに内大臣の御子に、宰相にて侍りける人、左兵衛のかみにて、廿五六はかりなるか、よろつ、人にすくれたるに、此よしほのめかしけれは、中納言いとよき事よとて、霜月とさためてけり。またおそろしきこゝろともしり給はす、又まゝはゝにいひあわせ給へは、よき事にこそといひて、下には、いとむねいたきことにおもへり。中納言、たいにたちよりて、侍従にむかひて、内まいりのととまりしはくちをしなから、さてのみやはとてたゝん月には左兵衛のすけにとおもふなり。その [page 9] よし、こゝろえておはすへしとて、はゝみやの三条ほり川なる所を、しつらひて、そこにすませ奉らんといとなまれけり。ひめ君、をやなから、おほすらんことのはつかしさよ。たゝ、あまになりて、聞えさらん所にとおもふと、の給へは、中納言とのゝ、かくまておほしたらん、そむき給はんは、いとほいなきことにて侍へし。北方にこそほいなくおはしますとも、ありへんまゝに、きゝひらき給てんなとそ、侍従、いひなくさめける。まゝはゝ、なを、このことをそねみて、むくつけ女にさゝめきあわせて、此ひめ君を、さしもなからんする下すにぬすませはやといへは、むくつけ女、うちゑみて、うはかあにのかすへのすけとて、七十はかりなるおきなの、めうちたゝれたるか、このほと、とし比にはなれて、人をかたらはんとするに、聞入るものもなきにおもひわつらい侍るに、此よしを申さはやときこゆれは、いひあわするかひありて、いとうれしくこそ。とく〳〵と、いそきてと、の給へは、かしこにゆきて、しか〳〵と聞ゆれは、かすゑのすけ、しはくみ、にくさけなるかほして、ほゝゑみて、あなうれし、よき事かな。 [page 10] 中納言とのや、こゝろえすおほしめさんすらんといへは、それは、北の方のよく〳〵はからひてなといへは、それはよきこと。あなめてた〳〵、とく〳〵いそかはやといふ。よく〳〵かためて、かへりにけり。まゝはゝに、しか〳〵と聞ゆれは、ゑみたはふれて、たゝ神無月廿日ころなと聞ゆれは、十日よりさきと、さゝめくを、こゝろよせのしきふ聞て、うちさはきて、侍従に、しか〳〵とたはかり給ふなり。おそれに侍れとも。ゆゝしく、つみふかきことに侍れは、あはれさになときこゆれは、今まてなからへておはしますこゝろうさよとて、さきの度あまになりなましかは。そこに、とゝめおきて、かゝる事をもきかするとあれは、 [page 11] 侍従、かくまてのことゝこそおもひ侍らね。此たひはことはりにてありけるとねをのみなき給ひけり。さて、かくてのみおはしますへきにあらす、ちゝ中納言とのに申させ給へかしと聞ゆれは、北の方、になきことをいひつけ奉るにや、これを、はれたりとも、又も〳〵、まさるさまの事いてくへし。また、いかなることもかなと、たはかり給はんすらん。たゝ、聞えさらん野山の中にも、あまになりて、この世をおもひはなれんと聞ゆれは、このたひは、ことはりにて侍。さらは、侍従もあま [page 12] なりて、はゝの後世をもとふらひ侍らん。いかにそのとき、あはれに侍らんとて、ふたりなから袖もしほるはかりにて、かくはいひなから、わかき人々なれは、いつくにて、いかにすへしとも、おほえさりけれは、ひめ君、めのとたにあらは、ともかくも、はからひてまし。今は、そこをこそなにとも頼たれ。此月も過なんとす、いかにもはからふへしと、の給へは、侍従も、いかにとも、おほえすなといひつゝ、とかくあんするほとにこはゝみやのめのとなる女の、みやにおくれまいらせてのちに、あまになりて、住吉になん侍りけるをおもひ出て、おほえさせおはしますにや、しか〳〵と聞ゆれは、さるものありと、おほえ侍るなり。い かてかつけやるヘきとあれは、侍従かはゝのもとにありける女の、よくしりたるをよひて、やりける。ふみに、 さても、久しきなとはをろかなるにこそ。姫君 のおひ出させ給し時、はゝ宮もはかなくならせ 給ひなからも、いとおとなしくならせ給ひて。 其後、また、侍従かはゝなりし人もかくれにしかは、 たれも〳〵しる人もなくて、そのかたの恋し [page 13] さに。あなゆゝし、さこそよをそむき給はめ、うら めしくも、かきたえ給ふ物かな。わすれ草のしる へとかや。さても〳〵、人つてならて申あわすへ きことなん侍る、よろつをすてゝ、夜をひるに、 つきて参りたまへ。あなかしこ〳〵。 なへてなからん事にはなとかきてやりける。すみよしにゆきて、しか〳〵ときこゆ。あまきみ、いそきあけて、なく〳〵みてみて、御返事に、 まことに、世をそむきて、住吉のわたりに侍 なから、あさゆふ、そのむかしの人の御ことのみ こゝろにかゝりて、あかしくらす中に、ニ葉みえ させ給ひしをふりすて奉りしかは、いかに〳〵 おひ出させ給ふらんと、ゆかしく、おこなひのさま たけとならせおはしませは、忘草もなのみし て、かたときもわすれ奉ることはなけれと も、はかなき世中のくせにてよし、いま〳〵と おもひてすくしつるほとに、わかき御心ちと もにおほしいてゝ、かやうにおほせられたる事 の御うれしさよ。さても〳〵、おほせのまゝに、 いそき〳〵、みつから、あなかしこ〳〵。 [page 14] とかきまいらせたりけれは、ひめ君、侍従、すこしはるゝこゝちして、人しれす出たたんことを侍従にいひあわせ給ふうちに、中納言とのゝ、ゆゝしき事を聞給ひなから、おもひすてすあはれにおほしたるを、はなれ奉りなは、いかにおほしなけかんとおもひつゝけて、ふたりなから、うつふしかちにて侍に、中納言のみ給へは、さりけなくつくろひおはしけれとも、すかたも、ことの外におとろへたるに、涙のもり出れは、三条へわたり給はんこともちかく成たるに、いかにうつふしかちにて、おとろへ給ふとて、まゝはゝに聞えあはせ給へは、なにことをおほすにか。いかなる人をこひ給ふにやと、つふやくを、心え給はて、さま〳〵のもてあそひなと奉り、侍従かもとへ、つかはしけれは、かはかりおほしたるおやを、ふり捨ていなは、おほしなけかん事のつみふかさよとて、また、なき給へり。中の君、三のきみ、わたりて、いかに、つねに、うつふしかちにはなと聞ゆれは、このほとは、いかなるヘきにか、世中もあちきなくて、きえもうせまほしき程になん。もし、さもあらんには、おほしいてなんやと、袖も所せく、の給へは、 [page 15] あな、まか〳〵き。なにしにか、さる事はあるヘき。侍従のきみ、いかにこひしくおもはせんといへは、侍従、いかならん世まても、たれか。忍ひさふらはんとおもひ侍るに、御たはふれなからも、あはれにわすれかたくとて、おもへることの、なみたをとゝめて、侍従、 いのちあらはめくりやあふと津のくにの あはれいくたのもりにすまはや とくちすさみて、人めあやしきほとにそありける。中の君、物のあはれをしり給へは、そのことゝなくなみたをのこひあひけり。ひめ君、露の身のはかなきは、かやうなるほとに、いかゝなと聞ゆれは、中の君、 ちきりてそおなし草葉にやとるらん ともにそきえん夜半のしら露 といひたまへは、ひめ君も侍従も、いとゝ涙もよほされて、わかれんことをかなしとおもひけり。中の君、三の君、なにとなく世のはかなさをあはれとおもひ、つねはこゝろをすましておはする人なれはと、大かたのことはおもひて、をの〳〵かへり [page 16] たまひけり。こゝろよせのしきふ、ひまもあれはたちより、たはかり給ふこと、ちかくこそ。いかにせさせ給ふへきにか。いと哀にこそ聞こゆれは、かやうにおほしたる事のしのはしさに、いかならん世まてもとこそ、おもひ侍るとあはれは、まことに、かくてさふらへとも、御かたを頼こそ奉りつるに、いかにならせ給なんするにかとて、うちなきにけり。さるほとに、住吉のあま君、のほりて、かくとつけけれは、 [page 17] くるゝほとに、しのひたるくるま奉りけれは、いひ返して、そのほかに、みくるしき物とも、とりしたためてけり。こゝろの中、いかはかり哀れなりけん。その時しも、中納言わたり給けれは、さりけなくておはしけれとも、此たひはかりこそ。見奉り侍らんすらんとおもひけれは、忍ひかたき色もあらはれて、かほにふりかけたるかみのひまよりなみたもり出るを、見給ひて、いかに。はゝ宮の事をおほすにや、めのとも事をゆかしとおほし出るにや、また、ひやうゑのことをこゝろっきなくおほすにや。ともかくも、なにことにても、おほさんやうにきこえ給ふへきこそ。おやのおもふはかり、子は思はぬことのこゝろうさよ。いかはかりにか、哀れとおもひ侍り。かしらのかみをすしことにとありとも、いなふへき身かはと、の給へは、はゝみやのことも、又、めのとの事もおもひ侍らす。殿をも見奉らて程ふることもやと、かなしくなと、こと葉も聞えぬほとに、なく〳〵聞え給へは、中納言、うちなき給ひて、三条におはしますとも、まろかはきたらほとは、はなれ聞ゆへきにあらす。なにかはそのことをお [page 18] ほすとて、たち給ふを、今一度とかほふりあけて見給ふに、めもくれ心もきゆるほとにそ有ける。侍従とともにそなきゐ給へる。さよふくるほとに、車のいてきたれは、くしのはこと、御ことはかりそもち給へる。御車のしりには侍従のりたり。ころは長月廿日あまりのことなれは、有明の月かけもあはれなるに、出てゆきたまひけんこゝろのうち、いかはかりかなしかりけん。あらしはけしきそらに、かすたえぬねを鳴わたる雁も、おりしりかほに聞ゆ。雲間を出る月の、つねよりもわれをとふらふこゝちそしける。さて、あま君のもとへ行て、かきくとき、こま〳〵とかたりけれは、まことにおほしたつも御ことはりにこそ。むかしも今も、まことならぬおやこのありさまのゆゝしさよ。ままはゝなからも、いつくをにくしとか見給ふらん。あさまし。かゝるうき世なれは、思ひすて侍る物をとて、すみそめの袖をしほるはかりにもありけるか、夜のうちに、よとにつきてけり。又、少将はその夜、たいにゆきて、兵衛のすけといふ女して、侍従をたつねさすれは、をともせす。ひめ君の御あと [page 19] にふしたるかと木丁を見るに、姫君もおはせさりけり。うちさはきて、人々にたつねさせけれとも見えさせたまはさりけれは、あやしとおもひけり。 [page 20] さても、中の君、三のきみのもとにおはするにやといへは、こゝろかろくたち出給ふへき人にもあらす、いかなるヘきとて、尋あへり。夜もあけぬれは、つねにおはせし所を見れは、かたはらなる夜ふすまもなくて、とりしたゝめたるけしきなれは、まことにかなしくて、をの〳〵しのひねになきけり。中納言にしか〳〵ときこゆれは、あきれさはきて、こゑをさゝけてなきかなしみ給ふ事、たとへんかたなし。中の君、三のきみ、あやしく、このほと、心うきものにおもひ給へりしかは、かくまてとおもはさりしものをと、をの〳〵かなしみ給ひけり。まゝはゝ、あきれたるやうして、侍従かさとにか、たつねなくよしに奉れとて、中納言とのゝかたはらに、なくよしにて、にかみゐたり。少将は、かゝりけれは、なさけある御返事をはし給ひてけるとおもひつゝけて、たいのすのこに、さめ〳〵となきゐ給へり。三の君、こゝかしこと見ありき給ほとに、もやのみすにむすひたるうすやうありけり。なにとなくとりてみれは、ひめ君の手にて なき君のみたつたの山のうすもみち [page 21] ちりなんのちをたてかしのはん とはかりかき給ひたりけり。これをみたまひて、いよ〳〵あはれさまさりて、中なこんに見せ聞ゆれは、いかなることのありけれはにや。われにはいひ給ふへきこそ。おやのおもふはかり、子はおもはぬことのこゝろうきとて、これをかほにをしあてゝ、うつふし給ひけり。まゝはゝ、おとこなとのもとにおはしたるにこそ。よもかくれはて給はし。いたくななけき給ふそ。われもおとらすこそなといひけれは、中なこん、おほくの子ともよりも、この君はかりたれかはある。わか身にもかへまほしけれとも、心にかなはぬ世なれはと、うちくとき給へは、まゝはゝ、侍従にくるはかされて、よものふるまひともし給ふもしらてと、つふやきゐたれは、あなむつかし、こはなにことそとて、なけき給ひける。さるほとに姫君は、あま君なとうちつれて、河しりをすくれは、おかしうもゆきちかふ舟にのりたるものともの、あやしきこゑ〳〵して、つまもさためぬきしのひめ松とうたひてこき行も、ならはぬこゝちして、あはれなり。京のかたは [page 22] 霧ふたかりて、そこはかともみえすひえの山はかり、ほのかに見えたるけしき物をもはさらん空たにあはれなるヘし。いはんや、ありかたきおやにひきわかれ、なさけありしはらからを、ふりすてゝ、いつちと行らんと思ひつゝけん心のうち、いかはかりなりけん。これをみてあま君、 すみよしのあまとなりては過しかと かはかり袖をぬらしやはせし なといひつゝ、住よしにゆきたれは、すみの江とて、所々すみあらしたるに、うみさし入たるにつくりかけたれは、すのこのしたにうをなとあそふも見えて、みなみは一むらのさとほのかに見えて、とまやともにみるめかりほし、あしのやに心ほそくけふりたちのほるけしき、うすゝみにかけるあしてににたり。ひかしにはまかきにつたふあさかほなとかゝりて、きしには色々の花もみちうへならへたり。にしはうみはる〳〵と見えわたりて、なみたてるまつの木のまよりほかけたる舟とも、あはち嶋をゆきかふさまも、なみにたゝよふかかりふね、はかなく見えて、日の入は、うみの中に入かと、あやしまれける。わ [page 23] さとならては、人なとくへくもなし。しつかに哀なるすみかにてそ侍りける。ちいさやかにつくりてあみたの三そんうつしならへて、月日のいつるはかりは、あま君、にしにむかひて、なむ西方こくらく教主あみた如来、後生たすけ給へと申たるを見るにつけても、あらぬ世にむまれ出たる心ちして、ひめ君も侍従も、とく、あまになりて、おなしさまにと、の給へは、御くしは、とてもかくても、侍りなん、御心によるヘき。今は、此老うはか申さんまゝにおはしまさすは、うちすて奉りてかくれ侍るヘしといへは、これもそむきかたくて、明くれはほとけの御まへにて経をよみはなをたてまつりなとそし給ひける。 [page 24] 中納言は、おもひあまりて、今一たひ、この世にて姫をあひみせ給へとそいのり給ひける。中の君、三のきみなとも、ひめ君の、ことにふれてあはれに侍従か、よろつ、をかしかりし物をあはれ、いかなる所に住て、都の事をおほし出らんと、わするゝ時なく忍ひつゝ、泣給ふ。まゝはゝ、なにことそいつとなく、いま〳〵しとなき給ふは。わかいかにも成たらんには、よも、かくはおほさし物をとはらたちけれは、をやなからも、なさけなく、うたてにそおほしける。さて、住吉には、やう〳〵冬こもれるまゝにいとさひしさまさりて、あ [page 25] らき風ふけは、わか身のうへになみたちかゝる心ちしてける。おきよりこきくる舟には、あやしきこゑにて、にくさひかけるなとうたふも、さすかに、おかしかりけり。すみの江には、霜かれの芦も、こほりにむすほゝれたる中に、水鳥のつかひ、うはけの霜うちはらふにつけても、おもひのこす事なかりけり。中納言とのよりはしめて、かたえの人々、いかにおほしなけくらん。おやに物をおもはせ奉るは、つみふかき事にこそ。せめてわれいきてありとはかりしらせ奉らんとて、あま君のもとに、こわらはの京よりくしたりしに、しか〳〵の所にもちて参りてくよりといはて、此ふみ奉りて、さて、にけかくれねとよく〳〵をしへてけり。さて、文をとらすれは、いつくよりとて、はした物、出てとりぬ。名をとへと、申さす。又、出てみれは、つかひなし。いかなる事にかとて、文を見れは、姫君の御手にて あなゆゝし。よの忍ひかたさに、ゆくゑもしらぬ 程になりにしことを、おほしなけく人もおは すらん。あさましなから、たひ立つる心、たゝおほ しめしやらせ給へ。なくさむかたとては、そなた [page 26] のかせのむつましくて、あかしくらすになん。たれ も〳〵おはしますにや。哀、むかしをいまになす世 なりせはなと。さても〳〵、とのいかにおほしなけか せ給ふらん。ことにつみふかくこそ。はかなき命、 なからへたりとはかり、聞え奉るになん。とかきす さひて、おくに、 あさかほの花のうへなるつゆよりも はかなき物はかけろふのあるかなきかの こゝちしてうちなひき世を秋かせの むれゐるたつをわかれつゝたゝひとりのみ ありそうみのかひなきうらにしほたるゝ あまのは衣わかことくほしやわつらふ 日をへつゝなけきますたのねぬなはの くる人もなきあしひきの山した水の あさましくなかれ出にしふるさとに かへらんとたにおもほえすいかに契りし いにしへのわか身也そもつるの子の 雲井はるかにたちわかれ行ゑもしらす しらなみのよるのころもをかへしつゝ ぬる夜の夢のゆめならてこひしき人を [page 27] みちのくのあふくま川をわたるへき わかみならねはさゝかにのくもてに物を おもふかな鳥のこゑたにをともせぬ とをちの山のたにふかみたらぬおもひに としをへて人にしられぬむもれ木の 朽ははつとも成はてぬへき はまちとりあとはかりたにしらせねは なをたつね見んしほのひるまを となん有ける。これをみて、たゝ哀さ、をしはかるへし。中納言にみせ聞ゆれは、こえもをしますなきかなしひ給ふ事かきりなし。此つかひをうしなひつらん事のロをしさよとて、これをかほにをしあてゝ、うちふして、なか〳〵、ひたすらにおもひつるよりはかなしくて、いかなる所に、ならはぬたひに、おもむきて、あかしくらすらんと、かなしさまさりてやかて、さまかへんとし給ひけるを、したかへる人人、いま一たひ、もとの御すかたにてひめ君にたつねあはせ奉らん事こそ、たかためにもほいなるヘき御こと [page 28] とそ、とゝめ申けり。 |
| 資料番号 | [配置場所]貴重資料室/[登録番号1]大国790/[登録番号2]文理4551 |

IIIF Curation Viewer
Universal Viewer
Mirador