doi : 10.15027/da69
硯わり
| License |
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|---|---|
| License URI | https://dc.lib.hiroshima-u.ac.jp/da/page/license1 |
| Holder | 広島大学 |
| Title | 硯わり |
| Title pron. | スズリワリ |
| Author | [作者未詳] |
| Publish year | [出版年未詳] |
| Vol./Num. | 下 |
| Physical size | 1冊(全3冊); 縦15cm× 横22.5cm |
| Binding | 和装 |
| Printing | 写本 |
| Location | 広島大学図書館 |
| Collection | 奈良絵本 室町時代物語 |
| Description1 | 奈良絵本。料紙は間合紙。表紙は、紺地に金泥の草花模様を描き、金砂子を散らしたものであるが、大部分は剥落し、地の紙が露出している。題簽は丹紙短冊形。上巻題簽は破れあり、「硯」一字を欠く。奥書はなく、書写者・書写年代は不明である。 [あらすじ] 大納言に仕える中太は家宝の硯を盗み見るうち取り落として二つに割ってしまう。怒った大納言は、中太をかばった若君の首を刎ねる。のち中太は出家し、書写山の性空上人と名乗る。 |
| Description2 | [解題]遁世譚、高僧伝。広島大学本はしんかい僧正の来歴を説くが、青侍として仕えていた大納言家の紹介に始まり、硯わり事件を経て、一家が仏道を志していく経緯を語る。『すずりわり』の伝本は、大きく三系統に分類される。A系統は内閣文庫本・名古屋大学小林文庫本・実践女子大学本。B系統は加藤家蔵奈良絵本。C系統が、この広島大学蔵本とパリ国立図書館蔵奈良絵本であり、三系統の外に細見実蔵の古絵巻一巻がある。各系統の本文には異同が多い。中でもC系統の広島大学本・パリ国立図書館本は独自色が強く、主人公の名も、A系統とB系統が書写山の「性空」とするのに対し、C系統は摂津多田郷の「しんかい」とする。侍従の君を初瀬観音の申し子として重視する点、比叡山との繋がりが強調される点など、他系統と著しい相違がある。 参考文献 【テキスト】1『室町時代物語大成』第7巻(A系統、内閣文庫本・B系統、加藤家本・C系統、広島大学本)/2『室町時代小説集』(A系統、内閣文庫本)/3『よこふえ・すゝりわり』古典文庫(C系統、パリ図書館本) ほか。 【研究文献】1小林忠雄「近古小説硯破の成立に関する一考察 附、撰集抄略本の作成年代について」(『国語国文』25巻4号 昭和31年4月)/2橋本直紀「奈良絵本『硯わり』と性空上人」(関西大学『千里山文学論集』26号 昭和57年3月)/3三好修一郎「硯破説話通観―『今昔物語集』から番外謡本『硯破』まで―」(福井大学『国語国文学』30号 平成3年3月)/4谷口典子「『硯わり』に関する一考察―広島大学本成立を中心に―」(『大谷女子大国文』23号 平成5年3月) ほか。 |
| Reprinting | [page 2] 硯わり 下 かく、をこたらすをこなひたまひて、月日をふるほとに、秋の月さやかに、みねのあらしもすさましく、木々のこすゑもいろつきて、むしのこゑものあはれに、鹿のつまこふをとつれも、おりしりかほなるよひのまに、御きやうたうとくあそはし、侍従のきみもろともに、ひとつはちすにむかへたまへとゑかうあり。こしかたゆくすゑの事とも、おほしつゝけて、すこしまとろみたまひける御ゆめに、侍従のきみ、かふりそくたいうるはしくしたまひ、ひんつらゆふたる [page 3] とうしニ人、左右より玉のはたをさしかけて、くもにのりて、たちたまひて、かれうひんかの御こゑを出し、いかにや、はゝ上、ありかたくも、かゝるほたいしむをおこし、後の世をねかひ給ふ事、よろこひの中のよろこひなり。われ、ふたらくせかいにありて、あけくれの御ゑかうをうけ、よろこふ事大かたならす。そも〳〵みつからは、なんはうむくせかいのくはんをんの、ニ十ハふしゆのうちにつらなりて、朝夕ほとけにつかへて、むひのけらくをえたる身なるを、ほとけのはうへんによりて、かりに御身のはらにやとり、年月、おやこのむつひ、あさからさりしは、御身こそしろしめされね。かゝるほたいしんをおこさしめて、なかくくかいをはなれて、こくらくしやうとのたのしみをえさせんか、そのために、父うへの御手にかゝりしなり。あひかまへて、いまよりは、かなしみたまふ事あるヘからす。たゝこれ、ほとけの利しやうはうへんなりとくはんして、よねんをましへたまはす、後世ほたいを、ふかくねんしたまへ。御身のむまれたまはんしやうとを、よくしつらひをきはんへるなりとしめさるゝ。母うへ、ゆめのうちに、 [page 4] ありかたく、さても御身にわかれしときのかなしさ、せんかたなさに、とにもかくにもならはやと、千たひもゝたひ、おもひしに、たうとき上人の、御すゝめによりて、いま、かゝる身となりたる事のうれしさよ。御身のことはをきけは、はやくゑとをはなれて、しやうとへまいりたくこそはんへれと、なみたをなかしたまへは、わかきみは、いよ〳〵をこたらす御きやうをよみ、ほとけの御なをとなへたまへ、いとま申てかへるなりとて、うしろのかたをまねきたまへは、てんとう十人はかり、玉のみこしをかき、てんかいをさゝせて、まいりたるに、のり給ふをしはしとて、御袖に、すかりつかんと、したまへは、むらさきのおほひて、うせ給ふと、御らんすれは、夢は、さめにけり。 [page 5] 北の御かたはかたしけなく、すいきのなむたは、まくらも、とこも、うくはかりなり。そのゝち、めのとのひくにをおこして、しか〳〵の夢をこそ見つれとかたらせ給へは、めのとうけ給はり、けに、これはまさ夢なり。何事も、ほとけの御ちかひならては、いかてかかゝるほつしんの身とはなり給ふへき。さてはみつからも、すてはし給ふまし。うれしきせんちしきにこそと、なを〳〵しんしんをおこして、よねんはなかりけり。さるほとに、大なこんとのは、きたの御かたの行ゑを、かなたこなたと、 [page 6] いたらぬくまもなく、たつねもとめさせ給ひけれとも、たれしりたりといふ人もなし。けにや、この人、かくすへきあらましのありけれはこそ、姫の、いまたとしにもたらさるを、はやくありつけん。それをは、我はつゆはかりもさとらす、よのつねのことゝ、おもひてすきしあさましさよと、ふかくなけき給ひしか、ほとへてのち、横川のふもとに、めのとゝふたり、をこなひすましてましますよしを、きこしめし、まことにありかたきこゝろさし哉、かくをもひ入たるうへなれは、いかにいふとも、かへる事あるまし。たゝし、まことの道心かとて、六位のしんをめして、見てまいれとおほせけれは、ひめ君の御めのとうけ給はり、みつから、御ゆるしをかうふり、まいりたく候と申せは、ともかくもとて、御文をあそはして、給りける。ひめきみも、うれしき事におほしめし、御文こま〳〵とあそはして、めのとにたまはりける。さて、めのとは、御ふみともをしたゝめもち、しちやう一人つれて、横川のふもとを、とひ〳〵ゆきけるか、御あんしつのありけれは、これこそとおもひてたちよ [page 7] り見れは、のきにはしのふおひしけり、風にちり、かきには、つた、あさかほ、はひかゝり、しはのあみとには、れいてうふかくとさせり。庭には、草はう〳〵たるに、つゆ、しん〳〵と、をきわたし、谷の水おと、とう〳〵とをとつれて、いとあはれなるゆふへのそらに、けいのをとかすかにきこえて、御きやうを、にほやかなる御こゑにて、たからかによみ給ふもありかたくて、めのとは、小しはのもとにたちやすらひ、御きやうのゑかうをそ待ゐたる。かくて、ゑかうもをはりぬれは、しはのあみ戸をほと〳〵とそ、たゝきける。めのとのひくには、あらふしきや、とふへき人もおほえぬものをと思ひなから、立いてゝみれは、ありしむかし、なれむつひたるめのとなり。うちおとろき、こはいかに、何としてこれまてはたつねきたり給ふそ、ゆめかうつゝかとそ申ける。めのとは、とかく物をもえいはて、ひくにのたもとにすかりつき、なくよりほかの事そなき。 [page 8] やゝありて、しか〳〵の事にまいりたるよし、なみたとゝもに聞えけれは、うちへいさなひいれて、きたのかたに、ありしさまを申けれは、うちおとろきなから、まつなみたにそ、むせはせ給ひける。さてめのとは、ふみともをとりいてゝまいらせて、うちなみたくみてゐたり。きたの御かたは、まつ、ひめきみの御文をひらきて御らんすれは、おとなしやかなる筆つきにて、すみくろにありしむかしより、いままてのあらましを、まま〳〵とかきくときたまひて、おくに [page 9] たらちねは草のゆかりのねをたえて たゝあけくれは音をのみそなく かやうにあそはしけるを、御らんして、さすかおやこの御中なれは、うちすてかたく、まき返して、なみたにくれさせ給ひける。さて、大なこんとの御文を、ひらきて御らんすれは、たゝならすあはれにかき給ひて、 あつさゆみ山のおくにといるなれは ひきはかへさぬみちとこそしれ 何事もさたまれる世のならひ、いまさらなけきしたふへきみちならねとも、さすかに、あいへつりくのおもひやむ事なく、あけくれには、ありしむかしの事のみにて、世のいとなみも、をろそかに侍れは、我とても、すみはつへき家ならす。ほとなく世をそむきて、まことのみちをねかふへきなれは、かならす、こんよにては、おなしはちすにまいりあふへきなと、かゝせ給ひたり。きたの御かたも、さすかちきりしそのむかしを思ひ出て、あはれなれは、その事と [page 10] なく、御返事なとあそはして、おくに あつさゆみいるよりやかてすみそめの 袖はくつとも、ひかれやはせし かやうにあそはしける。また、ひめきみの御かたへは、我はかく、みやまかくれのむもれ木となりて、後の世をおもひ、花さく春にあふ事はあるまし。これを、いたくなけき給ひそよ。御身は、女子なれとも、家をつくへき身なれは、ちゝうへにかう〳〵のこゝろを、つよくはけみて、ゆいせきをたえさせ給ふな、これ人のさたまれる事なり。われをこひしと思ひ給ふましと、あそはして、 たらちねの草のゆかりも身ひとつと、 おもひさためて、ねをからすなよ かやうにあそはして、まいらせ給ふ。めのとは、なく〳〵御ふみたまはりて、いてけるに、うしろの山に、すさましきとりけたものゝこゑ、かまひすくきこえけれは、あらおそろしのけしきや、みやこにては、ちやうのうちよりほかには、かりにもいてさせ給はぬ御身の、いま今 [page 11] かゝるところのおきふしは、さこそ御心もいたましからん、それをかへりみす、をこなひ給ふ事のありかたさよと思へは、かへるみちもたと〳〵しくて、 鳥の音も、しかのなく音も、もろともに、 みのりのこゑに、きゝやなさまし とよみて、なく〳〵たちわかれけり。かくてみやこにかへり、御ふみともをまいらすれは、ひめきみは、御ふみをひらきて、よみもはてす、かほにをしあてゝ、きえ入やうになきこかれ給ふもことはり。さて、大納言殿は、ありし御すまゐを、つく〳〵ときこしめし、いとありかたき、こゝろさしにこそと、御なみたにせきかねて、おはしましけり。 [page 12] さて、大納言殿は、御むこの中将殿に家をゆつりて、御身は、いとまたまはるヘきよし、そうもん申させたまへは、みかと、ほゐなき事におほしめせとも、しきりにそうもん申されけれは、おさへてとめなは、あやうき事もありなんと、あはれなからゆるさせ給へは、大納言殿はよろこひたまひ、中将とのをちかつけ、我おもふしさいあれは、御いとまを申えたるなり。御身は、代々の家なれは、かならすたえさす、たもち給ふへしとて、重宝、きろくなとを、こと〳〵くわたしたてま [page 13] つり、そののち、ひえいさんにのほりて、けいしやうゐんの僧正におはしまして、とんせい、しゆきやうあるヘきよし、ねんころにのたまへは、僧正もいろ〳〵とめさせ給へとも、ふかく思ひ入たるみちなれは、いかてひるかへすへきとすゝみたまへは、僧正ちからなく、さほとに、おほしめされなは、いかにも、かいの師になり侍るヘし、しからは、いまたていはつし給はぬそのさきに、日吉のやしろにさんけいありて、御とんせいしやうしゆの御きたうあるヘしと、すゝめ給へは、うけたまはり侍るとて、日よしのやしろにまいらせ給ひて、そも〳〵此御やしろは、当山御さう〳〵のみきり、なう僧てんけやう太師と、いんいの、御けいやくありて、ふつほう、わうほうを、まもらせたまはんとて、いま、さんわうこんけんとあらはれ給ふなるよし。われ、つたなくも、此たひ、しやうしのくかいをのかれたくて、出家とんせいののそみあり。あふきねかはくは、御りしやう、はうへんの御まなしりをめくらされて、道心けんこの身となして、後生にはせんしよにいたらしめたひたま [page 14] へと、かうへをかたふけ、かんるひをちになかして、いのらせ給ひける。そのこゝろさし、きもにしみたれは、さんわうこんけんも、いかてか、これをあはれとおほしめさゝらん。それより、夜もすから、ほけきやうたねんなくよみたまひ、あくれはほつせをまいらせ、けんたう、ニ世のねかひ、すてさせたまふなと、しん〳〵をこらし、御けかうあり。僧正のもとにて、御かさりを、おろさせたまひて、すみの衣に身をなして、たいくうかくしん僧正と、そのゝちはなり給ひける。 [page 15] 僧正のもとにつかせたまひて、ありかたきほうもんなと、きゝおほえてのちに、ひかし谷の飯室と申ところに、わひたるくさのいほりをひきむすひ、たねむなく、あさゆふは、御きやうとくしゆまし〳〵、くはんねんのまとの前には、一心三くはんのほうをさとり、させんのとこのうへには、かいちやうゑの三かくを、けんひし給へり。まことにありかたき御僧と、あふかれ給ひけるこそめてたけれ。さるほとに、しんかい上人は、日本六十余州を、のこる所なくしゆきやうまし〳〵けるか、東かいたうにさしかゝり、めいしよ、きうせきを、のこらすたつねきゝ、霊佛霊社へまうてゝは、われ、この世のえんきれさるほとは、一あんのあるしとなし、しゆ生をさいとする身となしてたはせたまへと、きせいしけり。我、もし一宇のあるしとならは、きんそくすへし。その折からは、見すにすきし所々、こひしかるへしと思へは、月日のうつり行もいとはす、かなたこなたとしゆんれいし給ひける。をはりの国、あつたの宮にまふ詣てゝ、一夜しゆくして、ほうせを奉りて、 すてはつる、身のをはりとは [page 16]一文字目がずれているので要チェック しりなから かすのねかひをやつるきのみや かやうにうちなかめて、夜もあけゝれは、あつたのみや立出けるに、わかこと〳〵におもひありて、世をすてたるとおほしきすきやうしやの、いとあはれなる人かゆきあひて、かたるをきけは、あつまのかたへのしゆきやうのこゝろさしなり。われもしかあるなれは、いさゝせ給へ、うちつれてといへは、この人うれしけにて、かたらひ行に、みち〳〵さま〳〵、ありかたきほうもんをとき給へは、かの人、しんかいをつく〳〵まもりて、いかにや御僧、われ、かくすみ染に身をなしはんへれとも、しかるヘきかいの師もなくて、をろかにくらし侍るゆへ、あつまのかたへゆきて、ふつほうのふかき道りをも、きかましとおもふに、いま御僧のほうもんをきくに、しんかんにしみてありかたし。ねかはくは、われを御ともにして、けふよりは心やすく、めしつかひてたひたまへと申されける。しむかいきこしめし、われはしゆきやうの身なれは、めしつれてたのむへきもなし。さりなから、ふつほうの [page 17] のそみにてましまさは、何事にてもかたり申さん、心やすくおほせられよとのたまへは、かの人よろこひて、すこしもはなれす、ともなひて、あつまのかたへそくたりける。するかの国、うつの山にいたれは、なりひら中将の、あつまのたひに、このところにて、ゆめにも人にあはぬとよみしも、あはれにて、 いまもまた人にあはねはうつのやま うつゝも夢とおもほえにける かくなかめて行ほとに、ふしの山の、たかくみえけれは、あなおもしろや、この山は、むかし、かしこきみかとの御ときに、かくやひめと申せしてんによのくたりて、この山に、あとをとゝめけるとかや。されは、これは、みねをハえうにして、九そんをひやうし、両界をあらはせり。さてこそ、さんけいの衆生は、くけんをまぬかれて、阿字本有のりをさつけんとの御ちかひとかや、きくもいとありかたし。 時しらぬふしのたかねの白たえの ゆきとつもれるつみもきえなん [page 18] それよりむさしのくにゝいたり、はてしもあらぬむさし野を、はる〳〵とわけすきて、ひたちの国のちんしゆかしまのみやうしんをふしおかみ、みちのくにいたり、まつしま、ひらいつみなといふ、名所〳〵をしゆんれいして、みとせかほとを過し給ひぬ。爰にありても、こゝろのとまるかたもなしとて、又立帰りて、しなのなるあさまのたけに、けふり煙のたつを見て、 いつかさてこの身のはてもしなのなる、 あさまのたけの、けふりとならん さて、あけぬくれぬと、のほり給ふほとに、をとにきゝし熊野山へまいり、此山は日本ふさうの神山たり、ふしのくすりをもとめけんいにしへの事なと思ひいてゝ、なちにまうてゝみれは、みねよりおつるたきのみつは、はくへきのうかみたるにひとし、水をとたん〳〵として、ころもの袖をうるほし、ほつさうふじやうのなかれに、なんなうのあかをすゝく、まことに、ありかたきれいちかな。しはらく、とゝまりたけれロロロロとをきすまゐなれは、さいとのり口口、うすかるヘしとて、それよりひんせんし [page 19] て、津のくにゝわたりて、こゝはみやこちかきところなりとて、たゝのさとに、一宇のさうあんをむすひ、かの諸国しゆ行のうち、つきそひたる法師、しんせうと名をつきて、水をくみ、たきゝをとり、をこなひてありしに、そのりやくふかきをしたひて、きんりんの男女まいりあつまるに、国のかみよしロロロきやう、このしんかいのほうをきゝ、きゑまし〳〵て、ひとつのからんをこんりうし、しやか、みろく、あみたの、三そんをつくり、則、ちよくをえて、僧正となし給へは、きんこくは申にをよはす、遠国はたうをしのきて、たつねより、けうけをうけて、たうとむ事そのかきりなし。かく国〳〵に、この事のみ、いひのゝしるほとに、飯室に居をしめておはします太納言入道殿、このよしきこしめしして、ありかたきためしかな、ゆきてけむさんせんとて、はる〳〵といひむろをたち出、やう〳〵津のくににつきたまへは、たゝの里にゆきて、しんかいの坊にたつねいり、たいめんまし〳〵て、たかひにやつれはてたるありさまなれは、見しらるヘうもなけれは、名のりあひ給ふにこそ、それとしられけれ、さ [page 20] て物かたりにおよひける。さても〳〵、侍従のきみ、ほとけのさいたんにて、おほくの人々を、まことのみちにいんたうしたまはんかために、かりににんけんにあらはれ、あくしんをひるかへさせて善しんになして、こくらくにみちひかんとの御はうへん、申ても、そのをんつきかたし。かゝる事なくは、いかて、我らこときのものゝ、ほたいの道にいるヘきそと、たかひにかたり、よろこひて、すいきのなみたをそなかし給ひける。かくて大納言入道殿も、ほとへたゝりては、よろつかたりあはせんことも大義なるヘしとて、しんかい僧正のすみ給ふ坊のうしろのかたの山に、草のいほりをむすひ、をこなひすましておはしけるこそ、しゆせうなれ。さるほとに、三位の中将殿は、大納言殿の御あとをつかせ給ひ、年月ををくらせ給ふに、わかきみニ人、姫君一人いてきける。目出度うへに、中将殿は御くらゐすゝみ、大納言になり給ふ。わかきみは御年十三さいに、四位の少将をうけさせらる。されは、大織冠の御家つゝかなく、みかとの御おほえいみ [page 21] しくして、十ハさいの御年、大宮の大臣殿の御むこにそならせ給ひける。いつかたも〳〵、御心にかゝる事なく、さかえたまふ。 [page 22] さるほとに、大納言殿のひめきみは、横川におはします母うへに、たいめんあるへしとて、あまたの御ともをめしくして、横川のふもとへおはしまして御らんすれは、つねにきゝおよひ給ひしよりは、猶物さひしく、人りんたえてあはれなり。かゝるすまゐをさせ給ふ事のありかたさよと、まつ御なみたこそすゝみけれ。さて、御はゝうへに御たいめんありて、むかしいまの御物かたりに、つきせぬ物はなみたなり。さて、四五日御とうりうありけるか、いつまてもとおほしめしけるを、母うへおほせけるは、とくしてかへり給へ。こゝにありては、我〳〵のほたいのさまたけに成へし。つゐにそひはつへき身にもあらす、まこと、みつからにそひたくおほしめさは、御身もつねにはきやうをよみ、ねんふつ申て、なかきのちの世にそひ給へとおほせけれは、けにも、おほせにしたかふへしとてかへらせ給ふ、御こゝろのうちあはれなり。なみたとゝもにわかれ給ふとて、 われとてもおなしゆかりのむらさきの [page 23] くものうへまてともなへやきみ 母うへもあはれにおほして、 むらさきのゆかりの草の根をたゝは くものうへにてみたれあひなん かくて、なこりをふりすてゝ、なく〳〵いほりを立出て、御家にかへらせ給ふ。侍従のきみの御はうへんにより、おほ多くの人〳〵ほたいのみちにいり、そのほかのしゆしやうを、しんかい僧正のみちひき給ふ、そのくとく、あけてかそへかたし。また、ひめきみはそしなから、そうりやうの家をつき、すえ〳〵まて、めてたくさかえさせ給ふ事のめてたさよ、これも大織冠のいにしへ、佛法をたうとみ、大からんをこんりうし給ふゆへに、すゑまてむくひて、目出度こそおはしましけれ。 |
| Number | [配置場所]貴重資料室/[登録番号1]大国993/[登録番号2]文理5886 |

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