伊勢物語

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License URI https://dc.lib.hiroshima-u.ac.jp/da/page/license1
Holder 広島大学
Title 伊勢物語
Title pron. イセモノガタリ
Author [作者不明]
Vol./Num.
Physical size 1冊(全2冊)
Binding 和装
Printing 写本
Location 広島大学図書館
Collection 奈良絵本 室町時代物語
Description1 題簽は墨書。本文は普通本系。
[あらすじ] 在原業平に擬せられる主人公の一代記。「をとこ」の初冠にはじまって、その生の終焉までが描かれる。連れ出した女を鬼に一口で食われる芥川の章段や、筒井筒で遊んだ幼馴染との恋の章段なども有名である。
Reprinting [page 3]
いせ物かたり上
むかし、おとこ、うゐかうふりして、ならの京、かすかの里にしるよしして、かりにいにけり。そのさとに、いとなまめいたる女はらからすみけり。此男、かいまみてけり。おもほえすふるさとに、いとはしたなくてありけれは、心ちまとひにけり。男のきたりけるかりきぬのすそをきりて、歌をかきてやる。そのおとこ、しのふすりのかりきぬをなんきたりける。
  春日野のわかむらさきのすりころも
  しのふのみたれかきりしられす

[page 4]
となんをいつきていひやりける。ついておもしろき事ともやおもひけん

[page 5]
  みちのくのしのふもちすり誰ゆへに
  みたれそめにし我ならなくに
といふ歌の心はへなり。むかし人は、かくいちはやきみやひをなんしける。むかし、おとこ有けり。ならの京ははなれ、此京は人の家またさたまらさりける時に、西の京に女有けり。その女、世人にはまされりけり。その人、かたちよりは心なんまさりたりける。ひとりのみもあらさりけらし。それをかのまめおとこ、うち物かたらひて、かへりきて、いかゝおもひけん、時はやよひの朔日、雨そほふるにやりける。
  おきもせすねもせてよるをあかしては
  春の物とてなかめくらしつ

[page 6]
むかし、男有けり。けさうしける女のもとに、ひしきもといふ物をやるとて、
  思ひあらはむくらの宿にねもしなん
  ひしきものには袖をしつゝも
二条のきさきのまたみかとにもつかうまつり給はて、たゝ人にておはしけるときの事なり。

[page 7]
むかし、ひんかしの五条におほきさいの宮おはしましける、西のたいにすむ人有けり。それをほいにはあらて心さし深かりける人ゆきとふらひけるをむ月の十日はかりのほとに、ほかにかくれにけり。あり所はきけと人のゆきかよふへきところにもあらさりけれは、なをうしと思ひつゝなんありける。又の年のむ月に、梅の花さかりに、こそをこひていきて、たちてみ、ゐてみ、みれとこそににるへくもあらす。打なきて、あはらなる

[page 8]
いたしきに月のかたふくまてふせりて、こそを思ひ出てよめる
  月やあらぬ春やむかしの春ならぬ
  わか身ひとつはもとの身にして
とよみて、夜のほの〳〵とあくるになく〳〵かへりにけり。

[page 9]
むかし、おとこ有けり。ひんかしの五条わたりにいとしのひていきけり。みそかなる所なれはかとよりもえいらて、わらはへのふみあけたるついひちのくつれよりかよひけり。人しけくもあらねと、たひかさなりけれは、あるし聞つけて、そのかよひちに夜ことに人をすへてまもらせけれはいけともえあはてかへりけり。さてよめる。
  人しれぬわかかよひちのせきもりは
  よひ〳〵ことにうちもねなゝむ
とよめりけれは、いといたう心やみけり。あるしゆるしてけり。二条のきさきにしのひてまいりけるを、世のきこえ有けれはせうとたちのまもらせたまひけるとそ

[page 10]
むかし、おとこ有けり。女のえうましかりけるを、年をへてよはひわたりけるを、からうしてぬすみ出ていとくらきにきけり。あくた川といふ河をゐていきければ、草のうへにをきたりける露を、かれは何そとなん男にとひける。ゆくさきおほく夜も更にけれは、おにある所ともしらて、神さへいといみしうなり、雨もいたうふりけれは、あはらなるくらに、女をはおくにをしいれて、男、弓やなくゐをおひてとくちにおり。はや夜も明

[page 11]
なんと思ひつゝゐたりけるに、おにはや一くちにくひてけり。あなやといひけれと、神なるさはきにえきかさりけり。やう〳〵夜もあけゆくに、みれはゐてこし女もなし。あしすりをしてなけともかひなし。
  しら玉かなにそと人のとひしとき
  露とこたへてきえなまし物を
これは、二条のきさきのいとこの女御の御もとに、つかうまつるやうにてお給へりけるを、かたちのいとめてたくおはしけれは、ぬすみておひて出たりけるを、御せうとほり河のおとゝ、たらうくにつねの大納言、また下らうにて内へまいり給ふに、いみしうなく人有を聞つけて、とゝめてとりかへし給ふてけり。それをかくおにとはいふなりけり。またいとわかうて、きさきのたゝにおはしけるときとや。

[page 12]
むかし、おとこ有けり。京にありわひて、あつまにいきけるに、伊勢、おはりのあはひの海つらをゆくに、なみのいとしろくたつをみて、
  いとゝしくすき行かたの恋しきに
  うらやましくもかへる浪かな
となんよめりける。

[page 13]
むかし、おとこありけり。京やすみうかりけん、あつまのかたにゆきてすみところもとむとて、ともとする人ひとりふたりしてゆきけり。しなのゝ国、あさまのたけにけふりのたつをみて
  しなのなるあさまのたけにたつ煙
  をちこち人のみやはとかめぬ

[page 14]
むかし、おとこ有けり。その男、身をえうなきものに思ひなして、京にはあらし、あつまのかたにすむへき国もとめにとてゆきけり。もとより友とする人ひとりふたりしていきけり。みちしれる人もなくてまとひいきけり。みかはの国、やつはしといふ所にいたりぬ。そこをやつはしといひけるは、水ゆく川のくもてなれは、はしをやつわたせるによりてなんやつはしといひける。その澤のほとりの木のかけにおりゐて、かれ

[page 15]
いひくひけり。そのさはにかきつはたいとおもしろくさきたり。それをみてある人のいはく、かきつはたといふ五もしをくのかみにすへて、たひのこゝろをよめといひけれは、よめる。
  から衣きつゝなれにしつましあれは
  はる〳〵きぬるたひをしそ思ふ
とよめりけれは、みな人、かれいひのうへになみたおとしてほとひにけり。

[page 16]
ゆき〳〵て、するかの国にいたりぬ。うつの山にいたりて、わかいらんとするみちは、いとくらうほそきに、ったかえてはしけり、物こゝろほそく、すゝろなるめを見ることゝ思ふに、すきやうしやあひたり。かゝる道はいかてかいまするといふをみれは、見し人なりけり。京に、その人の御もとにとて、文かきてつく。
  するかなるうつの山邊のうつゝにも
  夢にも人にあはぬなりけり

[page 17]
ふしの山をみれは、さ月のつこもりに、雪いとしろうふれり。
  時しらぬ山はふしのねいつとてか
  かのこまたらに雪のふるらむ
その山は、こゝにたとへは、ひえの山をはたちはかりかさねあけたらんほとして、なりはしほしりのやうになんありける。

[page 18]
なをゆき〳〵て、むさしの国としもつうさの国との中に、いとおほきなる河あり。それをすみた川といふ。その川のほとりにむれゐておもひやれは、かきりなくとをくもきにけるかなとわひあへるに、わたしもり、はや舟にのれ、日もくれぬといふに、のりてわたらんとするに、みな人物わひしくて、京におもふ人なきにしもあらす。さるおりしも、しろき烏のはしとあしとあかき、しきのおほきさなる、水のうへにあそひつゝいをゝくふ。京には見えぬ烏なれは、みな人見しらす。わたしもりにとひけれは、これなん都烏といふをきゝて
  名にしおはゝいさ事とはん都とり
  わか思ふ人はありやなしやと
とよめりけれは、舟こそりてなきにけり。

[page 19]
むかし、おとこ、むさしの国まてまとひありきけり。さて、その国にある女をよはひけり。ちゝはこと人にあはせんといひけるを、母なんあてなる人に心つけたりける。父はなを人にて、母なん藤原なりける。さてなんあてなる人にと思ひける。此むこかねによみてをこせたりける。すむところなんいるまのこほり、みよしのゝ里なりける。
  みよし野のたのむのかりもひたふるに
  君かかたにそよるとなくなる

[page 20]
むこかね、かへし、
  わか方によるとなくなるみよし野の
  たのむのかりをいつかわすれん
となん、人の国にても、猶かゝる事なんやまさりける。
むかし、おとこ、あつまへゆきけるに、ともたちともに、みちよりいひをこせける。
  忘るなよほとは雲ゐになりぬとも
  空ゆく月のめくりあふまて
むかし、おとこ有けり。人のむすめをぬすみて、むさし野へゐてゆくほとに、ぬす人なりけれは、国のかみにからめられにけり。女をは草むらの中にをきて、にけにけり。みちくる人、此野はぬす人あなりとて、火つけんとす。女わひて、
  むさし野はけふはなやきそわか草の
  つまもこもれりわれもこもれり
とよみけるを聞て、女をはとりて、ともにゐていにけり。

[page 21]
むかし、むさしなる男、京なり女のもとに、聞こゆれははつかし、きこえねはくるしとかきて、うはかきに、むさしあふみとかきてをこせて後、をともせすなりにければ京より女、
  むさしあふみさすかにかけてたのむには
  とはぬもつらしとふもうるさし
と有をみてなんたへかたき心しちける。
  とへはいふとはねはうらむむさしあふみ
  かゝるおりにや人はしぬらん

[page 22]
むさしおとこ、みちの国にすゝろにゆきいたりにけり。そこなる女、京の人はめつらかにやおほえけん、せちに思へる心なん有ける。さてかの女、
  中〳〵に恋にしなすはくはこにて
  なるへかりける玉のをはかり
歌さへそひなひたりける。さすかに哀とや思ひけん、いきてねにけり。夜深くに出にけれは、女、
  夜もあけはきつにはめなてくたかけの
  またきになきてせなをやりつる
といへるに、男、京へなんまかるとて、
  くりはらのあねはの松の人ならは
  都のつとにいさといはましを
といへりけれは、よろこほひて、思ひけらしとそ、いひをりける。

[page 23]
むかし、みちの国にて、なてうことなき人のめにかよいけるに、あやしうさやうにて有へき女ともあらす見えれば、
  しのふ山忍ひてかよふみちもかな
  人のこゝろのおくもみるへき
女、かきりなくめてたしと思へと、さるさかなきえひす心をみては、いかゝはせんは。むかし、きのありつねといふ人ありけり。みよのみかとにつかうまつりて、時にあひけれと、後は世かはり時うつりにけれは、世の

[page 24]
つねの人のこともあらす、人からは、心うつくしくあてはかなることをこのみて、こと人にもす、まつしくへても、猶むかしよかりし時の心なから、よのつねのこともしらす。年ころあひなれたるめ、やう〳〵とこはなれて、つゐにあまになりてあねのさきたちてなりたる所へゆくを、おとこ、まことにむつましき事こそなかりけれ、今はとゆくを、いと哀と思ひけれと、まつしけれは、するわさもなかりけり。思ひわひてねん比にあひかたらひける友たちのもとに、かう〳〵今はとてまかるを、何事もいさゝかなることもえせて、つかはす事とかきて、おくに、
  てをおりてあひみしことをかそふれは
  とをといひつゝよつはヘにけり
かのともたち、これをみて、いと哀と思ひて、よるの物まてをくりてよめる。
  年たにもとをとてよつはヘにけるを
  いくたひ君をたのみきぬらん
かくいひやりけれは、

[page 25]
  これや此あまのは衣むへしこそ
  君かみけしとたてまつりけれ
よろこひにたへて、又、
  秋やくる露やまかふと思ふまて
  あるはなみたのふるにそ有ける
年ころをとつれさりける人の、桜の盛に見に来たりけれは、あるし
  あたなりと名にこそたてれ桜花
  年にまれなる人もまちけり
かへし
  今日こすはあすは雪とそ降なまし
  きえすはありとも花とみましや
むかし、なま心ある女有けり。男ちかうありけり。女、歌よむ人なりけれは、こゝろみんとて、菊の花のうつろへるをおりて、男のもとへやる。
  くれなゐに匂ふはいつらしら菊の
  枝もとをゝにふるかともみる
おとこ、しらすよみによみける。
  紅ににほふかうへのしら菊は

[page 26]
  おりける人の袖かともみゆ

[page 27]
むかし、おとこ、宮つかへしける女のかたに、こたちなりける人をあひしりたりける、ほともなくかれにけり。おなし所なれは、女のめにはみゆるものから、おとこはあるものかともおもひたらす。女、
  あま雲のよそにも人のなりゆくか
  さすかにめにはみゆるものから
とよめりけれは、おとこ、かへし、
  あまくものよそにのみしてふることは
  わかゐる山の風はやみなり
とよめりけれは、またおとこある人となんいひける。むかし、おとこ、やまとにある女をみて、よはひてあひにけり。さて、ほとへて、宮つかへする人なりけれは、かへりくるみちに、やよひはかりに、かえてのもみちのいとおもしろきをおりて、女のもとに道よりいひやる。
  君かためたをれる枝は春なから
  かくこそ秋のもみちしにけれ
とてやりたりけれは、返事は京にきつ

[page 28]
きてなんもてきたりける。
  いつのまにうつろふ色のつきぬらん
  君か里には春なかるらし

[page 29]
むかし、男女、いとかしこく思ひかはして、こと心なかりけり。さるをいかなることか有けん、いさゝかなる事につけて、世中をうしと思ひて、出ていなんと思ひて、かゝる歌をなんよみて、物にかきつけゝる。
  出ていなは心くるしといひやせん
  世の有さまを人はしらねは
とよみをきて、出ていにけり。此女かくかきをきたるを、けしう、心をくへきこともおほえぬを、何によりてかかゝらんと、いといたうなきて、いつかたにもとめゆかんとかとに出て、とみかうみみけれと、いつこをはかりともおほえさりけれは、かへり入て
  思ふかひなき世なりけりとし月を
  あたにちきりて被やすまひし
といひてなかめけり。
  人はいさ思ひやすらん玉かつら
  おもかけにのみいとゝみえつゝ
此女いと久しく有て、ねんしわひてにやありけん、いひをこせたる。

[page 30]
  今はとてわするゝ草のたねをたに
  人のこゝろにまかせすもかな
かへし
  わすれ草うふとたにきく物ならは
  思ひけりとはしるもしなまし
また〳〵ありしよりけにいひかはして、男
  忘るらんと思ふ心のうたかひに
  有しよりけに物そかなしき
返し、
  中空に立ゐる雲のあともなく
  身のはかなくもなりにけるかな
とはいひけけれと、をのか世々になりにけれは、うとくなるにけり。むかし、はかなくてたえにける中、なをやわすれさりけん、女のもとより
  うきなから人をみえしもわすれねは
  かつうらみつゝなをそこひしき
といへりけれは、されはよといひて、男
  あひみては心ひとつをかはしまの
  水のなかれてたえしとそ思ふ

[page 31]
とはいひけれと、その夜いにけり。いにしへ行さきの事ともなといひて、
  秋の夜のちよを一よになすらへて
  やちよしはやあく時のあらん
かへし
  秋の夜のちよを一夜になせりとも
  ことは残りて烏やなきなん
いにしへよりもあはれにてなんかよひける。

[page 32]
むかし、ゐ中わたらひしける人の子とも、井のもとに出てあそひけるを、おとなに成にけれは、おとこも女もはちかわして有けれは、男はこの女をこそえめとおもふ。
女は此男をと思ひつゝ、おやのあはすれとも、きかてなんありける。され、此となりの男のもとよりかくなん
  つゝ井つの井つゝにかけしまろかたけ
  すきにけらしないも見さるまに
かへし、
  くらへこしふりわけかみもかたすきぬ
  君ならすして誰かあくへき
なといひ〳〵て、つゐにほいのことくあひにけり。

[page 33]
さて、年ころへるほとに、女、おやなくたよりなくなるまゝに、もろともにいふかひなくてあらんやはとて、かうちの国、たかやすのこほりに、いきかよふところいてきにけり。さりけれと、このもとの女、あしと思へるけしきもなくて、出しやりけれは、男、こと心ありてかゝるにやあらんと思ひうたかひて、せんさいの中にかくれゐて、かうちへいぬるかほにてみれは、此女、いとようけさうして、うちなかめて、

[page 34]
  風ふけはおきつしら浪たつた山
夜半にやきみかひとりこゆらんとよみけるをきゝて、かきりなくかなしとおもひて、かうちへもいかすなりにけり。

[page 35]
まれ〳〵かのたかやすにきてみれは、はしめこそ心にくゝもつくりけれ、今はうちとけて、手つからいひかひとりて、けこのうつはものにもりけるをみて、こゝろうかりていかすなりにけり。さりけれは、かの女やまとのかたをみやりて、
  君かあたりみつゝをゝらんいこま山
  雲なかくしそ雨はふるとも
といひてみいたすに、からうしてやまと人こんといへり。よろこひてまつに、たひ〳〵すきぬれは、
  君こんといひし夜ことに過ぬれは
  たのまぬ物のこひつゝそふる
といひけれと、おとこすますなりにけり。

[page 36]
むかし、おとこかたゐ中に住けり。おとこ宮つかへしにとて、わかれおしみてゆきにけるまゝに、みとせこさりけれは、まち侘たりけるに、いとねんころにいひける人に、こよひあはんとちきりたりけるに、此男きたりけり。此戸あけ給へと、たゝきけれと、あけて、歌をなんよみて出したりける。
  あら玉の年のみとせを待わひて
  たゝこよひこそにゐ枕すれ

[page 37]
といひいたしたりけれは
  あつさゆみま弓つゆみ年をへて
  わかせしかことうるはしみせよ
といひて、いなんとしけれは、女
  あつさ弓ひけとひかねとむかしより
  心は君によりにし物を
といひけれと、おとこかへりにけり。女、いとかなしくて、しりにたちてをひゆけと、えをひつかて、し水のある所にふしにけり。そこなりける岩に、をよひのちして

[page 38]
かきつけける。
  あひ思はてかれぬる人をとゝめかね
  わか身は今そきえはてぬめる
とかきて、そこにいたつらになりにけり。むかし、おとこ有けり。あはしともいはさりける女の、さすかなりけるかもとに、いひやりける。
  秋の野にさゝ分しあさの袖よりも
  あはてぬる夜そひちまさりける
色このみなる女、かへし、
  みるめかる我身をうらとしらねはや
  かれなてあまのあしたゆくくる
むかし、男、五条わたりなりけるに女をえゝすなりにけることゝ、わひたりける、人の返事に、
  おもほえす袖にみなとのさはくかな
  もろこし舟のよりしはかりに
むかし、おとこ、女のもとに一夜いきて、又もいかすなりにけれは、女の、手あらふ所にぬきすをうちやりてたらひのかけに見えけるを、身つから、

[page 39]
  我はかり物思ふ人は又もあらし
  とおもへは水の下にも有けり
とよむを、こさりける男たちきゝて、
  みなくちにわれやみゆらん
  かはつさへ水のしたにて
  もろこゑになく

[page 40]
むかし、色このみなりける女、いてゝいにけれは、
  なとてかくあふこかたみに成にけん
  水もらさしとむすひし物を
むかし、春宮の女御の御方の花の賀にめしあつけられたりけるに、
  花にあかぬなけきはいつも
  せしかともけふのこよひに
  にるときはなし

[page 41]
むかし、男、はつかなりける女のもとに、
  逢事は玉のはかりおもほえて
  つらき心のなかくみゆらん
むかし、宮のうちにて、あるこたちのつほねのまへをわたりけるに、何のあたにかおもひけん、よしや草葉よ、ならんさかみんといふ。おとこ
  つみもなき人をうけへはわすれ草
  をのかうへにそをふといふなる
といふを、ねたむ女も有けり。むかし、物いひける女に、年比ありて、
  いにしへのしつのをたまきくりかへし
  むかしを今になすよしもかな
といへりけれと、何とも思はすや有けん。むかし、おとこ、津の国、むはらのこほりにかよひける女、此たひいきては、又はこしと思へるけしきなれは、男
  芦へよりみちくるしほのいやましに
  君にこゝろを思ひますかな
かへし、

[page 42]
  こもり江に思ふ心をいかてかは
  舟さすさほのさしてしるヘき
ゐ中人のことにては、よしやあしや。むかし、おとこ、つれなかりける人のもとに、
  いへはえにいはねはむねにさはかれて
  こゝろひとつになけころかな
おもなくていへるなるヘし。むかし、心にもあらてたえたる人の許に、
  玉のをゝあはをによりてむすへれは
  たえての後もあはんとそ思ふ
むかし、わすれぬるなめりととひことしける女のもとに、
  谷せはみみねまてはヘる玉かつら
  たえんと人にわかおもはなくに
むかし、男、色このみなりける女にあへりけり。うしろめたくやおもひけん
  我ならて下ひもとくな朝かほの
  タかけまたぬ花にはありとも
かへし、
  ふたりして結ひしひもをひとりして

[page 43]
  あひみるまてはとかしとそ思ふ
むかし、きのありつねかりいきたるに、ありきてをそくきけるに、よみてやりける。
  君により思ひならひぬ世中の
  人はこれをや恋といふらん
かへし、
  ならはねは世の人ことに何をかも
  恋とはいふととひし我しも
むかし、西院のみかとゝ申すみかとおはしましけり。そのみかとのみこたかいこと申すいまそかりけり。そのみこうせ給ひて、御はうふりの夜、その宮のとなりけるおとこ、御はうふりみんとて、女車にあひのりて出たりけり。いと久しうゐて出奉らす。うちなきてやみぬへかりけるあひたに、あめのしたの色このみ、源のいたるといふ人、これも物みるに、此くるまを女車とみて、よりきてとかくなまめくあひたに、かのいたる、蛍をとりて女の車にいれたりけるを、車なりける人、此蛍のともす火にやみゆらん、

[page 44]
ともしけちなんするとて、のれるおとこのよめる。
  出ていなはかきりなるヘみともしけち
  年へぬるかとなくこゑをきけ
かのいたる、かへし
  いと哀なくそ聞ゆるともしけち
  きゆる物とも我はしらすな
あめのしたの色このみの歌にてはなをそありける。いたるはしたかふかおほちなり。みこのほひなし。むかし、わかき男、けしうはあらぬ女を思ひけり。さかしらするおや有て、思ひもそつくとて、此女をほかへをひやらんとす。さこそいへ、いまたをひやらす。人の子なれは、また心いきほひなかりけれは、とゝむるいきほひなし。女もいやしけれは、すまふちからなし。さるあひたに、思ひはいやまさりにまさる。にはかにおや此女ををひうつ。男、ちのなみたをなかせとも、とゝむるよしなし。ゐて出ていぬ。男なく〳〵よめる。

[page 45]
  出ていなは誰かわかれのかたからん
  有しにまさるけふはかなしも
とよみて、たへ入にけり。おやあはてにけり。なを思ひてこそいひしか、いとかくしもあらしとおもふに、しんしちにたへ入にけれは、まとひてくはんたてけり。けふのいりあひはかりにたへいりて、又の日のいぬのときはかりになんからうしていき出たりける。むかしのわか人は、さるすけるものおもひをなんしける。いまのおきな、まさにしなんや。むかし、女はらからふたり有けり。ひとりはいやしき男のまつしき、ひとりはあてなるおとこもたりけり。いやしき男もたる、しはすのつこもりに、うへのきぬをあらひて、手つからはりけり。心さしはいたしけれと、さるいやしきわさもならはさりけれは、うへのきぬのかたをはりやりてけり。せん方もなくて、たゝなきになきけり。これをかのあてなる男聞て、いと心くるしかりけれは、

[page 46]
いときよらなるろうさうのうへのきぬを見いてゝやるとて、
  むらさきの色こき時はめもはるに
  野なる草木そわかれさりける
むさし野のこころなるヘし。

[page 47]
むかし、おとこ、色このみとしる〳〵、女をあひいへりけり。されとにくゝはたあらさりけり。しは〳〵いきけれと、なをいとうしろめたく、さりとて、いかてはたあるましかりけり。なをはたえあらさりける中なりけれは、ふつかみかはかりさはる事ありて、えいかてかくなん
  出てこし跡たにいまたかはらしを
  たかかよひちと今はなるらん
物うたかはしさによめるなりけり。むかし、かやのみこと申すみこおはしましけり。そのみこ、女をおほしめして、いとかしこくめくみつかう給ひけるを、人なまめきて有けるを、我のみと思ひけるを、又人きゝつけて、文やる。時烏のかたをかきて、
  郭公なかなく里のあまたあれは
  猶うとまれぬおもふ物から
といへり。此女、けしきをとりて、
  名のみたつしての田おさはけさそ嗚
  いほりあまたとうとまれぬれは

[page 48]
時はさ月になん有ける。男、かへし
  いほりおほきしてのたおさは猶たのむ
  わか住里に声したえすは
むかし、あかたへゆく人に、むまのはなむけせんとて、よひて、うとき人にしあらさりけれは、いへとうしさかつきさゝせて、女のさうそくかつけんとす。あるしの男歌よみてものこしにゆひつけさす。
  出て行君かためにとぬきつれは
  我さへもなくなりぬへきかな
此歌はあるか中におもしろけれは、心とゝめてよます、はらにあちはひて。むかし、おとこ有けり。人のむすめのかしつく、いかて此男に物いはんと思ひけり。うち出ん事かたくや有けん、ものやみになりてしぬへきときに、かくこそ思ひしかといひけるを、おや聞つけて、なく〳〵つけたりけれは、まとひきたりけれとしにけれは、つれ〳〵とこもりをりけり。ときはみな月のつこもり、いとあつきころほひに

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よひはあそひをりて、夜ふけて、やゝすゝしき風ふきけり。ほたるたかうとひあかる。此男、みふせりて、
  ゆく蛍雲のうへまていぬへくは
  秋風ふくとかりにつけこせ
  暮かたき夏のひくらしなかむれは
  その事となく物そかなしき

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むかし、おとこ、いとうるはしき友有けり。かたときさらすあひ思ひけるを、人の国へいきけるを、いとあはれとおもひて、わかれににけり。月日へてをこせたるふみに、あさましくえたいめんせて、月日のヘにける事。わすれやし給ひにけんと、いたくおもひわひてなん侍る。世中の人のこゝろは、めかるれはわすれぬへき物にこそあめれといへりけれは、よみてやる。
  めかるともおもほえなくにわすらるゝ
  ときしなけれはおもかけにたつ
むかし、おとこ、ねんころにいかてと思ふ女有けり。されと此男をあたなりときゝて、つれなさのみまさりつゝいへる。
  おほぬさの引手あまたに成ぬれは
  思へとえこそたのまさりけり
かへし、おとこ、
  おほぬさと名にこそたてれなかれても
  つゐによるせはありてふ物を
むかし、おとこ有けり。馬のはなむけせん

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とて人をまちけるに、こさりけれは、
  いまそしるくるしきものと
  人またんさとをはかれす
  とふへかりけり
Number [配置場所]貴重資料室/[登録番号1]大国50