すヽめの夕かほ

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Holder 広島大学
Title すヽめの夕かほ
Title pron. スズメノユウカホ
Author 中村惕齋纂輯
Physical size 1冊; 帙入り; 縦30cm× 横22.5cm; 挿絵: 七丁分(見開一, 片面五)
Binding 和装
Location 広島大学図書館
Collection 奈良絵本 室町時代物語
Description1 大形本。料紙は鳥の子紙で袋綴。表紙は紺地に、金泥にて水辺草花模様を描いたもの。見返しは布目の金紙。題簽は「すゝめの夕かほ」と墨書。内題はなし。
Description2 [解題] 本書は『宇治拾遺物語』巻三の十六「雀報恩事」を、そっくり取って、奈良絵本に作ったものである。文章も、『宇治拾遺物語』の話に近い。前後二段の構成で、前段が善因善果の話、後段が悪因悪果の話という対照をなしている。それに慈悲の徳を説いた教訓、及び姥一族繁栄の祝儀的結末が付加されたものである。このような腰折れ雀の話は、日本各地に伝承されている有名な昔話で、また類話は中国やモンゴル、韓国などアジアの各地にも広く分布している。いわゆる「隣の爺型」の話として分類され、隣合って住む二人の老人(老爺または老婆)の一方が思いがけないことで幸せを得る。そして、隣にいるもう一方の老人がそれを羨み、そのいきさつを聞き出し、まねようとしたが、ひどい失敗をする、という形式を持つのである。諸本は広島大学蔵本と高安六郎旧蔵本と二本が知られていたが、高安六郎旧蔵本は戦災により焼失したため、広島大学蔵本は現存する唯一の伝本になる。
参考文献
【テキスト】1古典文庫『室町時代物語』三(広島大学蔵奈良絵本)/2『室町時代物語大成』7(広島大学蔵奈良絵本)
【研究文献】1徳田和夫編 『お伽草子事典』(東京堂出版 平成14年)/2『日本古典文学大辞典』 岩波書店/3佐竹昭広編集 いまは昔 むかしは今1『瓜と龍蛇』(福音館書店 平成元年)/4小林保治・増古和子校注・訳 新編日本古典文学全集『宇治拾遺物語』(小学館 平成8年)
Reprinting [page 2] いまはむかし、春つかた日うらゝかなるに、六十あまりなる女のありけるか、まこともをあひしてゐたりけるに、にはにすゝめのとひきたり、ついともいしをとりてうちたれは、すゝめのあしにあたりて、まろひ、ふたえき、まとふを、此女心うくおもふに、からすのちかくとひかけりけれは、あなかにしゃ、とられなんとおもひて、いそきとりあけ、

[page 3] いきしかけ、いたはり、よるはおこけにおさめ、ひるはひさにすえて物くわせ、くすりをなめさせなとするを、子とも、まことも、あはれとしおひて、すゝめをかひ給ふよとて、にくみわらへり。[挿絵 第一図]

[page 4] かくて日かすをへて、すゝめあしよくなりて、やうくおとりあるきぬ、かくいたはり、やしなひける心さしを、すゝめの心にもいみしくうれしきとおもふへし。あからさまによそへゆくとても、此すゝめよくみよ、物くはせよ、なといひけれは、子、まこなと、あはれ、なんてうすゝめかひたまふよとにくみわらへとも、さすかいとをしけれは、やうくいたはるほとに、かいくしくとひあるきけり。いまはよもからすにもとらるましきとおもひて、女手にすゑさゝけて、ほかに出たれは、ふらくととんて、こくうにさりにけり。うれしきものゝ、さすか日ころふところのうち、ひさのうへにてかひそたて、ならひたれは、なこりをしさはかきりもなし。くるれはこゝにおさめ、あくれは物をくはせしに、あわれく、つれくにもあるかな。又、とひきたれかしといへは、

[page 5] 人々きいてわらひあへり。さて、廿日はかりありて、のきはにすゝめのいたくなくこゑのしけれは、女きゝつけてありしすゝめのこゑにもにたるかな、もし日ころのなこりをしたふてきたるにやとおもふて、たちいてみれは、かのすゝめなり。やさしや、なんちはわれをわすれもせすしてきたるかとて、うちまもりゐたるに、すゝめうれしけにをとりまはりて、くちのうちより露はかりのものをおとして、又とひさりけり。

[page 6] [挿絵 第二図] 女、なにゝかあらん、すゝめのおとしていぬるものはとて、とりてみれは、ひさこのたねをたゝ一そおとしをきたりける、もてきたる、やうこそあらめとて、とりてもちたり。あないみし、すゝめの物を得て、たからにし給ふて、子とものわらへは、さあれ、うへてみんとて、うへたれは秋になるまゝに、いみしくおひひろこりて、たゝなへてのひさこにもにす、おほきに

[page 7] おほくなりたり。女、よろこふ事かきりなし。となり、あたりちかきさとの人々にくはりあたふる事おひたゝし、とれともく、つきせさりけり。はしめ、わらいし子とも、むまことも、いまはふしきのおもひをなして、よろこひゐたり。かくて、とりつくしてのちに、七八おほきなるをはあまして、ひさこのたね、又はひさこにもせはやとおもひて、いゑのうちにつりてそをきにける。月ころも過ぬれは、いまはよくなりぬらんとおもひて、とりおろしてみれは、ひさこよりおほきにおもかりけり。あやしみ、くちをあけ、みれは、しろきものゝいりたり。何にかあらんとて、うちうつしてみれは、白米にてそありける。おもひかけす、ふしきにおもひ、おほきなるうつわものにうつし入てみるに、米のつきする事さらになかりけり。かすくのものにうつしたれとも、ひさこのうちには、

[page 8] もとのことくにみちくたり。これはたゝ事にあらし、すゝめのとくをほうして、かくのことくにするにこそと、あさましく、うれしくて、物によくくしたゝめをき、さて、のこりのひさこをもとりおろしつゝみれは、おなしやうに米みちてそ侍りける。[挿絵 第三図]

[page 9] これをうつしては、つかひくするほとに、よろつ心のまゝになり、おもふまゝにたからをもとめ、あつむれとも、つゐによねのへる事なかりしかは、いゑとみ、たのしみ、子とも、むまこ、はんしやうし、そのさとのことは申におよはす、ちかきあたり、さとくも、みなく、これかけんそくとなりて、をんをかうふり、とくをうけ、なひきしたかふ人おほかりけり。されは、これをみきくひとことにあさみ、いみしき事にうらやみけり。
そのとなりの家に侍りける女の子とものいふやう、おなし事なれと、人はかくこそあれ、はかくしきこともえしいてたまはす、なといはれて、となりのうは、此女はうのもとにきたりて、さてもくこはいかなりし事そ、すゝめのなとはほのきけと、よくはえしらねは、もとありけんやう、あるまゝにかたり給へといへは、ひさこのたねを一おとしたりしをうゑ

[page 10] たりしより、ある事なりとて、こまかにもいはぬを、なをありのまゝにのたまへと、せちにとへは、心せはくかくすへき事かはとおもひて、かうくこしおれたるすゝめのありしを、やしなひたりしをうれしく思ひけるにや、ひさこのたねを一もちてきたり、それをうへたれは、かやうになりたるなりといへは、さらは、そのたねを一たへといふ。いやく、それに入たるよねなとをはまいらせん。たねはあるへきことにもあらす、さらにえなんちらすましとてとらせねは、われもいかてこしおれたらんすゝめみつけてかはんとおもひて、めをしはたゝきてみれとも、こしおれたるすゝめ、さらにみつけす。つとめてことにうかゝひみれは、せとのかたに、米のちりたるをくふとて、すゝめのおとりありくをみて、いしをとりて、もしやとてうつに、あまたのなかに、たひくうちぬるほとに、をのつから

[page 11] ちあてられて、えとはぬすゝめのありけれは、よろこひつゝとりもちて、なをくこしをうちおりてのちに、物をくはせ、くすりなめさせなとしてをきたり。たゝひとつのとくをうるさへ、かくあれは、ましてあまたならは、いかにたのしかるらん。あのとなりの女にはまさりて、子ともにほめられんとおもひて、庭によねうちまきてうかゝゐたれは、すゝめともあまたとひきたりつゝ、ついはむをうちくしたれは、やかて、また二のこしをうちをりたりけり。

[page 12] [挿絵 第四図] いまはかはかりにてありなんとおもふて、こしおれたるすゝめ、三つをおけにいれて、くすりをこそけて、なめさせなとして、月日ふるほとに、みなよくなりたれは、よろこひて、ほかにとりいてたれは、ふらくとしてみなとひさりぬ。いみしきわさしたりとおもへとも、すゝめはこしちおられ、月比、こめをかれしことを、よにねたしとそおもひける。うははいまやすゝめかくるやくと、ほかにいてゝ

[page 13] そらをうちなかめ、あけくれまつほとに、さて、十日はかりありて、此すゝめともきたれは、よろこひて、まつくちに物やくはへたるとみるに、ひさこのたねを一つつゝおとしてさりぬ。されはよとうれしくてとりて、三ところにうへてける。れいよりもするくとおひたちて、いみしくおほきになりたり。これはいとおほくもならす、七八になりたる。これをうはゑみて、子ともにいふやう、はかくしき事しいてすといへりしかと、われはとなりの女にはまさりなんといへは、けにさもあらんとおもひて、これは、かすのすくなくなりけれは、よねおほくとらんとて、人にもくはせす、われもくわす。子ともかいふやう、となりの女はうは、さととなりの人々にもくはせ、われもくいなとこそせしか、これはまして三かたねなり、われもくひ、人にもくはせられよといへは、けにもとおもひて、ちかき、となりの人にも

[page 14] くはせ、われもくいにくひ、子ともにもくはするに、そのにかき事いふはかりなし。くいたる人ことに、こゝちをまとはし、物をつきてなやめり。となりの人くこゝちをそんし、あつまりて、あなおそろしや、いかなる物をかくはせたるらん、物をつきまとひてしぬはかりこそあれと、はらをたちていひせたくれは、あるしの女ほうをはしめて、子とも、まことも、みなく物もおほえすつきちらしてふせり、うめきあひたれは、いふかひなくてそかへりける。

[page 15] [挿絵 第五図] かくて一二日も過ぬれは、たれもく心ちやうくなをりにけり。女おもふやう、みなくこめにならんとするものをいそきてくいたれは、かくあやしかりけるなめりとおもひて、のこりをみなくいへのうちにつりてそをきにける。さて月ころをへて、いまはよくなるらん、よねうつしいれんとて、うつわ物ともをこしらへて、うれしとおもへは、さもなきくちをみゝ

[page 16] のもとまて、ひとりゑみして、ひさこのくちをあけたれは、あぶ、はち、むかて、とかけ、くちなわなといてゝ、めはなともいはす、ひしと身にとりつきて、させともうははいたさもおほえす。たゝよねのこほれかゝるそとおもふて、しはしまちたまへ、すゝめよ、すこしつゝとらんといふに、七八のひさこよりこゝらのとくむしともいてゝ、子ともをもさしくひ、うはをはさしころしてけり。すゝめのこしをうちおられてねたしとおもふて、よろつのむしともをかたらひていれたりけり。となりのすゝめは、もとよりこしをうちおられて、からすのくいぬへきをやしなひていけたれは、うれしくおもひてあたへける。これはものうらやみて、わさとこしをうちおりてやうくこしらへたる事なれは、いかにすゝめかうれしかるへきや。されは物うらやみは、すましき事なり。さて、かのうはは

[page 17] つねに物をあわれみて、しひふかゝりしゆへにこそ、すゝめをもやしなひ、いたはりたるなり。まして人にはなさけいとふかゝりしによりて、かみほとけもをのつからいのらされとも、御めくみましくて、かゝるふしきもありけるなり。その子、むまこのすゑくにいたるまて、かのひさこをとりつたへ、心のまゝによねをうつしつかへとも、つかへとも、さらにつきする事もなく、めてたきとくにんとそきこえける。

[page 18] [挿絵 第六図] [挿絵 第七図]
Number 大国2203,文理7817